【山梨県の心霊スポット】花魁淵(おいらんぶち)|武田信玄の黒川金山の口封じで55人の遊女が谷底に沈められた──関東最恐と謳われる滝と淵の怪
山梨県甲州市塩山一之瀬高橋、青梅街道旧道沿いの柳沢川にある淵。地元では「銚子滝」とも呼ばれる。戦国時代、武田家の黒川金山が閉鎖される際、口封じのため55人の遊女が藤蔓で吊った宴台ごと谷底に沈められたという伝承が残り、1842年の文献「玉川泝源日記」にも「五十人淵」として記録され…

基本データ
- 種別:心霊スポット
- 所在地:山梨県
- 危険度:4/5
- 信憑性:B
山梨県甲州市塩山一之瀬高橋。青梅街道の旧道沿い、柳沢川のほとりに深い淵がある。
「花魁淵(おいらんぶち)」。地元では「銚子滝」とも呼ばれる。
戦国時代、武田氏の黒川金山が閉鎖されるとき、金山の秘密が漏れることを恐れた金山奉行が遊女55人を呼んだ。
川の上に藤蔓で吊った宴台を作った。酒宴だと言って遊女たちを舞わせた。
舞っている最中に蔓を切った。宴台ごと遊女たちが谷底の淵に沈んだ。
「関東最恐の心霊スポット」と呼ばれている。
男性だけで車に乗っていると車体を叩く音がする。心霊写真が撮れると言われている。現在は厳重に立入禁止だ。
概要
花魁淵(おいらんぶち)は山梨県甲州市塩山一之瀬高橋に位置する滝と史跡だ。「おいらん淵」「オイラン淵」とも表記される。地元では「銚子滝」と呼ばれている。国道411号(青梅街道)旧道(現在は通行止め)沿いの甲州市と北都留郡丹波山村の境界に位置し、柳沢川が深い淵を作っている場所だ。
この場所の名前の由来となった伝説は戦国時代に遡る。武田信玄が所有していた鶏冠山の黒川金山は、武田家の滅亡(1582年)とともに閉鎖されることになった。金山の秘密が漏れることを恐れた金山奉行は、鉱山労働者の相手をしていた遊女たちを口封じにしようと計画した。「今までの労働をねぎらう酒宴」を名目に柳沢川の上に藤蔓で吊った宴台を設け、55人の遊女と配下の武士を集めて舞わせ、その最中に蔓を切って宴台もろとも淵に沈めて殺害した。助けようとする者がいないよう「助けた家は刑に処す」というお触れが事前に村々に回っていた。
この惨劇の記録は1842年(天保13年)に山田早苗が著した「玉川泝源日記」に「五十人淵」として記録されており、文献上の根拠も存在する。現在は厳重な立入禁止措置が取られており、「関東最恐の心霊スポット」として知られている。

基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 花魁淵(おいらんぶち)・おいらん淵・銚子滝 |
| 所在地 | 山梨県甲州市塩山一之瀬高橋(国道411号旧道・柳沢川) |
| ジャンル | 滝・史跡(戦国時代の大量殺害の伝承地) |
| 危険度 | 4 |
| 信憑性 | B |
| タグ | #岸 #自然 #事件 |
場所・アクセス
国道411号(青梅街道)から旧道に入ったところに位置するが、現在は旧道が通行止めとなっており一般車両はアクセスできない。2011年にバイパスが開通したことで、かつてのアクセス路は閉鎖された。現在は厳重な立入禁止措置が取られており、接近することが難しい状況だ。過去にはドライブ・トレッキング・ツーリングで訪れる人も多かった場所だが、バイパス開通後は著しくアクセスが困難になっている。
なぜ心霊スポットになったのか
花魁淵が「関東最恐」として語られる理由は他の心霊スポットとは根本的に異なる。「噂が心霊スポットを作った」のではなく「戦国時代に55人の遊女が生きたまま谷底に沈められた」という歴史的伝承が先にある。
武田家滅亡時の大量殺害という伝承 1582年の武田家滅亡に伴う黒川金山閉鎖の際、55人の遊女が口封じのために谷底に沈められたという伝承は、1842年の文献「玉川泝源日記」(山田早苗著)にも「五十人淵」として記録されており、文学的な根拠を持つ。
「助けた家は刑に処す」というお触れの残酷さ 「助けようとする者がいないよう事前に村々に通告が回っていた」「運良く生き延びた者も衰弱したまま息絶えた」という記録が残っており、遊女たちの無念の深さを示している。
慰霊碑の建立という公的な痕跡 花魁淵付近には殺害された遊女たちを慰霊するための慰霊碑が建立されており、「慰霊が行われるほどの歴史的な悲劇があった場所」という認識が公的に示されている。
集英社オンラインによる現地探索の記録 集英社オンラインが「ホラー探検隊」として沢登りで誰も足を踏み入れたことのない最深部に挑んだ記録があり、「探検隊を襲った本物の心霊現象」として報道された。
心霊現象の噂
55人の遊女の霊が今も谷底を彷徨う 最も根本的な怪異がこれだ。55人の遊女が絶望と深い怨念を抱えたまま谷底に沈められたことから、その霊が今も花魁淵周辺をさまよっているという認識が根強く残っている。
男性だけで車に乗っていると車体を叩かれる 「慰霊碑近くで車を停めていると車体を叩かれるような音がするという現象が報告されており、この現象は男性だけで車に乗っている場合に起こるとも言われている」という体験談が語り継がれている。
心霊写真が撮れる・現像できない 「昔から花魁淵では心霊写真が撮れると噂されており、デジカメやスマホが普及する前から写真屋で現像しようとしたところ花魁淵の写真だけ現像できなかったなどの噂もある」という記録が残っている。現在でも黒い人形の影やオーブが写るという。
遊女の霊が現れる・白い影が見える 深夜に花魁淵周辺を訪れると遊女の霊・白い影が現れるという体験談が複数残っている。
独特の冷気・重い空気 淵の周辺は独特の冷気と重苦しい空気があり、近づくだけで体調に変化を感じるという体験談が語り継がれている。

体験談
体験談①「武田信玄の黒川金山の口封じ──55人の遊女が踊りながら谷底に沈められた。この史跡は1842年の文献『玉川泝源日記』にも『五十人淵』として記録されている」
ウワサの心霊話による歴史的記録。「花魁淵の存在は、天保十三年(1842年)に山田早苗の著書『玉川泝源日記』に記録されています。この書籍では『五十人淵』と呼ばれています」と記録されている。
集英社オンラインの記事では「遊女たちは絶望と深い恨みを抱えたまま暗い谷底へ落ちていき、大半は息絶えた。運よく岩場への衝突を免れ下流へ流されていった者もいたが、すでに村々には『助けた家は刑に処す』旨のお触れが回っており、酷く衰弱したまま息絶えたという逸話も伝わっている」という惨劇の詳細が記録されている。(ウワサの心霊話・集英社オンラインより)

体験談②「集英社オンラインのホラー探検隊が沢登りで花魁淵の最深部に挑んだ。探検隊を本物の心霊現象が襲った」
集英社オンラインの現地探索記録(2022年)。「いい歳した大人たちが、アウトドア技術を駆使して、容易には行けない秘境にある心霊スポットを調査する『ホラー探検隊』。今回は、山梨県甲州市にある関東最恐と謳われる心霊スポット『おいらん淵』の誰も足を踏み入れたことのない最深部に、沢登りで谷底から挑む」という記事が掲載された。
「探検隊を襲った本物の心霊現象に震えが……」という言葉とともに現地での体験が報告されており、「前日の雨のせいか、ゴウゴウと大きな音を立てている。これから足を踏み入れる私たちを拒むかのように……」という描写が残っている。(集英社オンラインより)
体験談③「山梨エリアのオカルトスポット花魁淵で、18〜19歳の若い頃に地元の仲間たちと心霊スポット探検として夜中に訪れた。まさかのことが起きた」
Podcast「昭和オカルト奇譚」(マサ)による体験記録。「山梨県の甲州近辺では、『花魁淵』と呼ばれるオカルトスポットがある。18か19歳の若い頃、地元の仲間たちと、よくある『心霊スポット探検』として夜中に訪れたことがある、いわくつきのスポットだ」という書き出しで始まる体験談が残っており、「まさかのことが起きた」という言葉で続いている。(昭和オカルト奇譚 noteより)
※ 体験談は個人の証言であり、事実を保証するものではありません。
危険性と注意点
厳重な立入禁止 現在は厳重な立入禁止措置が取られており、近づくことが困難な状況だ。旧道も通行止めとなっている。無断での侵入は不法侵入にあたる。
深い谷底・急峻な地形 柳沢川の深い淵の上に位置する急峻な地形で、転落すれば命に関わる。沢登りでのアクセスは専門の装備と技術が必要だ。
慰霊碑への敬意 55人の遊女の霊を慰霊するために建てられた慰霊碑がある場所だ。遊び半分の訪問は厳禁だ。
山間部の危険 山間部のため夜間は完全な暗闇になる。野生動物も生息している。

まとめ
1582年、武田家が滅びた年に、55人の遊女が柳沢川の淵に沈められた。
宴台の上で舞わせた。舞っている最中に藤蔓を切った。遊女たちが宴台ごと谷底に落ちた。
助けを求めても、村々には「助けた者は刑に処す」というお触れが回っていた。
1842年、文献にその場所が「五十人淵」として記録された。
慰霊碑が建てられた。「関東最恐の心霊スポット」と呼ばれるようになった。
男性だけで車に乗ると叩かれる。心霊写真が撮れる。撮れた写真が現像できない。
今は立入禁止になっている。旧道が通行止めになっている。それでも集英社が探検隊を送り込んだ。
花魁淵は山梨県の深い谷の底に、今も存在している。
動画
FAQ
Q. 花魁淵はどこにありますか?
山梨県甲州市塩山一之瀬高橋に位置します。国道411号(青梅街道)旧道沿いにありますが、現在は旧道が通行止めとなっており、一般的なアクセスが困難な状況です。
Q. 「55人の遊女が沈められた」というのは本当ですか?
1842年の文献「玉川泝源日記」に「五十人淵」として記録されているほか、集英社オンラインなどの調査記事でも同様の伝承が記録されています。ただし戦国時代の出来事であり、一次資料での詳細な確認は困難です。
Q. なぜ「関東最恐」と言われているのですか?
戦国時代に55人が口封じで殺害されたという伝承、1842年の文献記録、慰霊碑の建立という複数の歴史的要素が重なることで、「実際の大量殺害があった場所」という歴史的重みが他の心霊スポットとは一線を画すためです。
Q. 現在訪問できますか?
厳重な立入禁止措置が取られており、旧道も通行止めとなっています。一般的なアクセスは困難な状況です。
Q. 「男性だけで車に乗ると叩かれる」というのは本当ですか?
複数のサイトで同様の体験談が記録されていますが、一次資料での確認は難しいです。
安全メモ
- 私有地への侵入はNG
- 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
- 近隣住民への迷惑行為はNG
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