心霊スポット公開日: 2026-04-05更新日: 2026-05-05

【心霊】常紋トンネル|タコ部屋労働で死んだ者の霊が出る北海道の廃線路

1914年、トンネルが完成した。工事中に100人以上が死んだ。タコ部屋労働と呼ばれる過酷な強制労働で。「トンネルの壁に人柱が埋まっている」と言われ続けた。しかし誰も信じなかった。1970年、修復工事中に壁からレンガの奥の玉砂利の中から、頭蓋骨に損傷のある人骨が発見された。伝説で…

北海道心霊スポット信憑性 S危険度 5
北海道トンネル事件心霊スポット
【心霊】常紋トンネル|タコ部屋労働で死んだ者の霊が出る北海道の廃線路の外観
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基本データ

  • 種別:心霊スポット
  • 所在地:北海道
  • 危険度:5/5
  • 信憑性:S

1914年、トンネルが完成した。

工事中に100人以上が死んだ。タコ部屋労働と呼ばれる過酷な強制労働で。

「トンネルの壁に人柱が埋まっている」と言われ続けた。しかし誰も信じなかった。

1970年、修復工事中に壁からレンガの奥の玉砂利の中から、頭蓋骨に損傷のある人骨が発見された。

伝説ではなかった。


概要

常紋トンネル(じょうもんトンネル)はJR北海道石北本線の生田原駅と金華信号場の間にある、全長507メートルの鉄道トンネルだ。北海道紋別郡遠軽町と北見市を結ぶ常紋峠(標高約347メートル)の下を通る。「常紋」という地名は、北見側の常呂郡と遠軽側の紋別郡の郡境に由来する。

1912年(明治45年)3月に着工し、3年の工期を経て1914年(大正3年)10月に開通した。工事は「タコ部屋」と呼ばれた凄惨な強制労働環境で行われ、100人を超える死者(400人超という説もある)を出した。

1970年(昭和45年)9月、1968年(昭和43年)の十勝沖地震による損傷の修復工事中に、壁のレンガ奥の玉砂利の中から頭蓋骨に損傷のある人骨が発見された。長年「デマ」とされてきた「人柱伝説」が事実であることが証明された歴史的事件だ。

Wikipedia掲載の公的歴史記録・国鉄職員の公式体験談(JR北海道旭川支社HPに掲載)・1970年の人骨発見報道・小池喜孝著『常紋トンネル』(朝日新聞社)という複数の一次資料からS評価の信憑性に値する。

scene1

基本情報

項目内容
名称常紋トンネル(じょうもんトンネル)
所在地北海道紋別郡遠軽町・北見市(JR石北本線 生田原〜金華信号場間)
ジャンル現役鉄道トンネル・歴史遺構
危険度5
信憑性S
タグ#北海道 #トンネル #事件 #心霊スポット

場所・アクセス

JR石北本線「生田原駅」と「留辺蘂駅」の間に位置する。最寄りの「生田原駅」から徒歩では難しいアクセスの山中にあり、人気のない峠越えルートだ。

現在も現役の鉄道トンネルとして列車が通過しており、トンネル内への立ち入りは厳禁だ。徒歩や車でのアプローチも容易ではなく、周囲は北海道の深い山林に囲まれている。

トンネル出口から約1キロの地点には「歓和地蔵尊(かんわじぞうそん)」が祀られており、1959年(昭和34年)に国鉄(当時)が建立した慰霊地蔵だ。また金華信号場西方の高台(旧金華小学校跡地)には1980年(昭和55年)に建立された「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」がある。


なぜ心霊スポットになったのか

常紋トンネルが全国最恐クラスの心霊スポットとして語られる理由は、「怪談ではなく歴史的事実として人柱が埋まっていたことが証明された」という点だ。

タコ部屋労働という凄惨な現実

「タコ」とは「他雇」と書き、甘言で騙されて北海道へ連れてこられた本州からの労働者だ。タコ部屋に閉じ込められ、1日2食(味噌のみのおかず)、約80キロのセメントを肩が剥がれるまで運び続けた。病気になっても医療は受けられず放置され、逃亡を試みた者は全裸でスコップや鞭で拷問された。使役不能とみなされた者は監禁され、死者はその場に埋められた。

「人柱伝説」が事実として証明された1970年

工事終了直後から「監督に逆らった労働者がスコップで撲殺され、見せしめとしてトンネル壁内に人柱として埋められた」という証言が地元で語り継がれていた。しかし長年「単なる怪談」として扱われていた。

1970年9月、十勝沖地震の修復工事中にトンネル内のレンガ壁から60センチメートル奥の玉砂利の中から、頭蓋骨に損傷のある人骨が発見された。続く調査でさらに10体の遺体が発見収容された。56年間にわたって「デマ」とされてきた人柱伝説が事実であることが証明された瞬間だった。

その後もトンネル付近の山林・地蔵尊裏の空き地などから約50体の遺骨が発掘されており、毎年6月に供養祭が行われている。

開通後も続く鉄道員の苦しみ

開通後、常紋トンネル内でしばしば急停車事故が起きた。駅長の官舎に幽霊が現れて何代にもわたって駅長を苦しめたという記録が残っている。国鉄職員の間では常紋駅・信号場の勤務が忌み嫌われ、家族に病人が出る・気が狂うなどの「タコの祟り」として語り継がれた。


心霊現象の噂

機関車の前に血だらけの男が立ちはだかり、急停車する

開通後から繰り返し報告されてきた怪異だ。機関車の運転士が前方に血だらけの男が立っているのを見て急停車したが、降りて確認すると誰もいない。出発しようとするとまた現れる──という体験談が国鉄職員の間に語り継がれており、JR北海道旭川支社のホームページにも職員の体験談として掲載されていた記録がある。

トンネル内で「腹減った、飯をくれ」という声が聞こえる

雨の日に常紋トンネルを通ると「腹減った、ママ(飯)くんろ」という声が聞こえるという怪異が語り継がれている。タコ部屋では1日2食しか与えられなかったという歴史と結びついて語られている。

信号が不意に消え、血だらけの男が立っている

列車の乗客から「トンネル内で信号が不意に消え、血だらけの男が立っていた」「火の玉が飛んだ」という目撃談が繰り返し寄せられた。

信号場の宿直室の戸を夜中に誰かが叩く

常紋信号場で宿直した職員が、夜中に宿直室の戸を叩く音を聞いた。しかし戸を開けても誰もいなかったという体験が繰り返し報告されており、職員が宿直を忌避するようになった。

駅長の官舎に幽霊が現れ、家族を苦しめた

常紋駅長の官舎に幽霊が現れ、何代にもわたって駅長の家族を苦しめたという記録が残っている。

足元を骸骨の手が掴む

トンネル付近の常紋峠で山菜採りをしていた地元住民が、突然右足が動かなくなり、見ると真っ黒の骸骨の手が足首を掴んでいたという体験談が残っている。その後の逃走中に多数の骨が散乱しているのを発見したとされる。

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体験談

体験談①「霊感ゼロの私が、夜行列車でトンネルに差し掛かった瞬間に体験したこと」

霊感が全くないと自認する鉄道ファンが、網走から札幌行きの夜行列車に乗車していた際の証言。石北本線の常紋峠を通過するとき、列車前方に何かが現れ、運転士が警笛を鳴らし続けた。

「エゾシカかと思ったが、歩くような速度でトンネルに突入していった」という。

その後トンネル内に入ると突然、寝台車の中が「生臭いというか汗くさいというか、何とも言えない臭いで充満」した。そして廊下を「ガシャともグシャとも付かない、割れた陶器を布袋に入れて床に落とすような音が通過していった」。カーテンを少し開けて廊下を覗いた──というところで体験談は終わっている。「これは誓って実話です」と語っている。(恐怖の泉・体験談より)

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体験談②「信号場の勤務職員が宿直室の戸を叩く音を繰り返し聞いた」

常紋信号場で宿直勤務をしていた国鉄職員の証言。夜中に宿直室の戸を叩く音が繰り返し聞こえた。戸を開けるたびに誰もいなかった。

この体験は一人だけのものではなく、複数の職員が同様の体験を報告した。「誰かに見られているような圧迫感」「奇妙な物音」も繰り返し報告され、ついには常紋での宿直を忌避する職員が現れるまでになった。

この記録はJR北海道旭川支社のホームページに職員の体験談として掲載されていた。(常紋トンネル工事殉難者追悼碑・関連記録より)

体験談③「日中でも常に視線を感じる。人気のない山の中で」

霊感が全くないと公言している鉄道ファンが日中に常紋峠付近を訪問した際の証言。写真撮影のために日中に訪れたが、「人気のない山の中で常に視線を感じる」という体験をした。

「思い出すのも嫌な場所だった」と語っており、霊感がないにもかかわらずそう感じた点が印象的だという。

「夜、現場の運行スタッフも嫌がる常紋の恐さを体験した」として、その後の夜行列車での体験談(体験談①)に続く形で語られている。(恐怖の泉・体験談より)

※ 体験談は個人の証言であり、事実を保証するものではありません。


危険性と注意点

常紋トンネルは現在も現役の鉄道トンネルだ。物理的危険が最も重大だ。

トンネル内への立ち入りは絶対禁止

現役の鉄道トンネルであり、列車が通過する。トンネル内への立ち入りは生命の危険に直結する絶対的禁止事項だ。

山林内は危険

周囲は北海道の深い山林でヒグマの生息地域だ。単独・装備なしでの山中への立ち入りは生命の危険がある。

アクセス困難

人気のない山中に位置し、生田原駅から徒歩でのアクセスは非常に困難だ。

追悼碑・地蔵尊への礼節

「歓和地蔵尊」と「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」は、100人以上の犠牲者を追悼するための現役の慰霊施設だ。肝試しなどの不謹慎な行為は厳に慎むべきだ。

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まとめ

常紋トンネルは「怪談」ではない。

1914年、タコ部屋で100人以上が死んだ。「人柱が埋まっている」と言われ続けた。誰も信じなかった。56年が経った。1970年、壁の中から人骨が出た。

「タコ」と呼ばれた人々が声を上げても、誰も聞かなかった。「腹減った、飯をくれ」という声が今も聞こえると言われている。

1980年に追悼碑が建てられた際、地元から「怠け者のなれの果てを何で追悼するのか」という声が上がった。

そして毎年6月、供養祭が行われる。

列車は今も常紋トンネルを通る。運転士が前方に血だらけの男を見て急停車する体験は、今も語り継がれている。

幽霊が出るとしたら──それは当然のことかもしれない。


動画


FAQ

Q. 常紋トンネルはどこにありますか?

JR北海道石北本線の生田原駅と金華信号場の間に位置します。北海道紋別郡遠軽町と北見市を結ぶ常紋峠の下を通る全長507メートルのトンネルです。

Q. タコ部屋労働とは何ですか?

甘言で騙されて北海道へ連れてこられた本州からの労働者(他雇=タコ)が「タコ部屋」という宿舎に閉じ込められ、過酷な強制労働を強いられた制度です。逃亡すれば拷問、病気になれば放置、死者はその場に埋められました。

Q. 人骨発見は本当の話ですか?

はい。1970年(昭和45年)9月、十勝沖地震の修復工事中にトンネル内のレンガ壁から60センチ奥の玉砂利の中から、頭蓋骨に損傷のある人骨が発見されました。続く調査でさらに10体が収容され、周辺でも約50体の遺骨が発掘されています。Wikipediaや朝日新聞社刊行の書籍でも確認できる歴史的事実です。

Q. 慰霊施設はありますか?

はい。1959年建立の「歓和地蔵尊」(トンネルから約1キロ)と、1980年建立の「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」(金華信号場西方の高台)があり、毎年6月に供養祭が行われています。

Q. 現在もトンネルを列車が通っていますか?

はい。JR石北本線の現役トンネルとして現在も列車が通過しています。トンネル内への立ち入りは生命の危険に直結するため絶対に禁止されています。

安全メモ

  • 私有地への侵入はNG
  • 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
  • 近隣住民への迷惑行為はNG

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