UMA公開日: 2026-05-06更新日: 2026-05-06

モンゴリアンデスワーム

ゴビ砂漠の砂の下に潜むとされる地中棲型UMA。モンゴル語で「腸虫(オルゴイ・コルコイ)」と呼ばれる血赤色の巨大ワームで、接触即死の猛毒と電撃を持つとされる。1926年に西洋初記録されて以来、複数の国際調査隊が遠征したが捕獲例・映像ともにゼロ。遊牧民が世代を超えて語り継ぐ証言の一貫性が謎を深め続けている。

地中棲型UMAモンゴル(ゴビ砂漠)実在度 C証拠強度 E危険度 5
地中棲型複数証言猛毒電撃砂漠未解決
モンゴリアンデスワーム——ゴビ砂漠の砂の下に潜むとされる血赤色の地中棲型UMA

「触れた者は即死する。近づいた者も死ぬ。名前を口にすることさえ危険だ。」

ゴビ砂漠。モンゴル南部に広がる世界第5位の面積を持つ砂漠。気温は夏に50℃を超え、冬はマイナス40℃まで落ちる。生命が存在できる限界の環境だ。

その砂の下に、「それ」は棲んでいると言われている。

体長60〜120cmの血のように赤い巨大ワーム。頭も尻尾も目も口も区別がつかない。接触すれば猛毒で即死。数メートル離れていても電撃で殺す。

モンゴルの遊牧民は何世代にもわたって、この生物を「オルゴイ・コルコイ(腸虫)」と呼び、実在を確信してきた。しかし捕獲例はゼロ。撮影された映像もゼロ。砂漠を何度も踏破した調査隊も、空手で帰ってきた。


概要

モンゴリアンデスワーム(Mongolian Death Worm)は、モンゴル・ゴビ砂漠に棲息するとされる巨大なワーム型UMAだ。現地モンゴル語では「オルゴイ・コルコイ(олгой-хорхой)」と呼ばれ、「腸虫」を意味する。牛の大腸に似た外見から、この名がついた。

この生物が西洋社会で初めて注目されたのは1926年。アメリカの古生物学者ロイ・チャップマン・アンドリュースが著書『On the Trail of Ancient Man』の中で、モンゴルの役人たちから聞いた伝承として記録したことによる。アンドリュース自身はその実在を信じなかったが、こう書き残している。

「その場にいた者は誰一人この生物を実際に見たことがなかった。しかし全員がその実在を固く信じており、詳細に描写した。」——ロイ・チャップマン・アンドリュース(1926年)

捕獲例はなく、撮影された映像も存在しない。しかし1990年代以降、チェコ・イギリス・アメリカのチームが相次いで調査遠征を敢行した。いずれも手ぶらで帰ってきた。

モンゴリアンデスワームのイメージ

基本情報

項目内容
名称モンゴリアンデスワーム(Mongolian Death Worm)
現地名オルゴイ・コルコイ(腸虫の意)
別名オルゴイホルホイ、アルガイホルホイ
初記録(西洋)1926年(ロイ・チャップマン・アンドリュース著書)
目撃地モンゴル・ゴビ砂漠(主に南部・西部)
地域海外(モンゴル)
分類地中棲型UMA
体長・特徴体長60〜120cm、血のように赤い体色、頭・尻尾・目・口の区別なし、牛の腸に似た外見、猛毒(即死)・電撃による攻撃が可能とされる
危険度★★★★★
実在度C
証拠強度E
タグ地中棲型 / 複数証言 / 猛毒 / 電撃 / 砂漠 / 未解決

目撃地・現場について

ゴビ砂漠はモンゴル南部から中国北部にかけて広がる世界第5位の砂漠で、面積は約130万平方km。夏は最高50℃、冬はマイナス40℃という極限の環境だ。砂丘・礫砂漠・岩漠が混在し、外部からの調査を物理的に困難にする地形が広がっている。

  • ゴビ砂漠南西部:最も多くの目撃伝承が残る地域。現地遊牧民が「特に危険な区域」として名指しする
  • モンゴル南部(ダランザドガド周辺):調査隊が繰り返し訪問した拠点地域
  • ゴビ砂漠西部(ターク砂漠地帯):マッカーリらが重点的に調査したエリア

目撃は主に6〜7月の雨季・最高気温期に集中するとされる。この時期は外部からの調査遠征が最も困難な季節と一致しており、「ワームが現れる時期に調査隊はいない」という構造的な問題がある。


なぜ語り継がれるのか

モンゴリアンデスワームが語り継がれるのは、物的証拠がないにもかかわらず、証言の「質」と「一貫性」が他のUMAと異なるからだ。

遊牧民が代々「実在するもの」として扱ってきた モンゴルの遊牧民にとって、このワームは怪談や伝説ではなく「砂漠で死なないための知識」だ。砂丘近くに近づかない、奇妙な膨らみがある砂を踏まない、黄色い異臭がしたら逃げる。こうした具体的な「行動指針」として世代間で伝承されてきた。生死に関わる知識として扱われてきた事実が、単なる民間伝承との違いだ。

証言に「名前を口にするな」という禁忌がある 多くのUMAは語ることで目撃が増えるが、モンゴリアンデスワームは逆だ。現地の遊牧民は「名前を口にすること自体が危険」と信じており、外来の調査者にも語りたがらない者が多い。イワン・マッカーリの調査でも、証言収集には多大な困難を伴ったと記録されている。この「語ることへの恐怖」は、伝承の深さを示している。

複数の独立した調査者が証言の一貫性を確認した 1990年代以降、チェコ・イギリス・アメリカの複数チームが独立して現地で聴取した証言は、共通の特徴(赤い体色・頭尾の不明瞭さ・猛毒・地中生息)で一致していた。互いに接触のない複数の調査チームが同じ特徴を報告したことは、証言が局地的な創作ではないことを示唆する。

モンゴル政府がかつて調査を禁止していた 1990年代以前、モンゴル政府はモンゴリアンデスワームの調査を公式に禁止していた時期があった。禁止が解除されて初めてマッカーリの調査が実現した。「政府が禁止していた」という事実が、この生物への真剣な姿勢を逆説的に示している。


目撃証言の詳細

遊牧民の証言(複数・年代不詳)

ゴビ砂漠で生活してきた遊牧民から、マッカーリら複数の調査者が収集した証言群。個別の証言者名は公開されていないものが多いが、複数の証言に共通する描写が確認されている。

  • 体はソーセージ状で、半メートル以上の太さ。人の腕ほどの直径
  • 血のように暗い赤色。「どす黒い血で満たされた牛の腸」のような見た目
  • 頭と尻尾の区別がつかない。目・鼻・口が確認できない
  • 尾の端は短く切り取られたようになっており、先細りにはなっていない
  • 皮膚は外骨格の役割を果たし、傷ついた際には脱皮する
  • 地中を移動し、砂の表面に波を立てて近づきを知らせることがある
遊牧民の証言に基づくイメージ

死の伝承(複数の逸話として記録)

口承で伝わる具体的な「接触による死」の事例が複数記録されている。いずれも証言ベースであり、第三者による検証はない。

  • 「屋外で黄色いおもちゃ箱で遊んでいた子どもが、箱に入り込んでいたデスワームに触れて急死した」
  • 「馬に乗っていた男がデスワームを発見し、手に持った棒で払おうとしたところ、棒の先が緑色に変化し、馬も男もその場で死んだ」
  • 「ラクダの群れが砂丘を横断中、先頭のラクダが突然倒れた。砂に奇妙な膨らみが残っていた」

目撃のピーク(1950年代)

ニュージーランドのTV記者デイヴィッド・ファリアーが2009年の遠征後に公表したデータによると、現地での目撃証言のピークは1950年代だったとされる。この時期はソビエト連邦の影響下にあったモンゴルで、外部調査が困難だった時代と一致する。

証言が一致する点:

  • 赤〜暗赤色の体色
  • 頭尾・顔の構造が不明瞭
  • 地中生息・砂漠の砂の下に潜む
  • 猛毒(接触即死)
  • 6〜7月に地上に出現

証言が食い違う点・疑問点:

  • 体長(60cmから1.5m超まで証言に幅がある)
  • 電撃の有無(証言によって言及があるものとないものがある)
  • 頭部の突起・牙の有無(一部の証言にのみ登場)
目撃証言のイメージ

体験談

体験談①「どす黒い血で満たされた牛の腸のような生き物——チェコの暗号動物学者イワン・マッカーリの調査記録(1990〜2004年)」

チェコの暗号動物学者イワン・マッカーリは、1990年・1992年・2004年の3回にわたってゴビ砂漠への大規模調査遠征を敢行した。最初の遠征は、モンゴルの民主化革命の数週間後に実現したものだ。

マッカーリは小説『デューン』の「サンドワームは地面の振動に反応して地上に出る」というアイデアに着想を得て、モーター駆動の「サンプラー(振動装置)」を製作。さらに小型爆薬も使用して、砂の下に潜むワームを呼び出そうとした。8週間の調査で生物を発見することはできなかったが、遊牧民からの証言収集には成功した。

1992年の2回目の遠征では、仏教寺院の僧侶から「このワームは超自然的な悪のものだ。命がけで探している」と警告を受けた。マッカーリはこの遠征中、鮮明な悪夢を見て、翌朝に背中に原因不明の血の水疱ができていたとも記録している。(イワン・マッカーリ著『Mongolské záhady(モンゴルの謎)』より)

体験談②「ワームの伝説は誇大化されているが、何かが存在する可能性は排除できない——CFZ調査チームのリチャード・フリーマン(2005年)」

2005年5月、イギリスの「フォーティアン動物学センター(CFZ)」の動物学者リチャード・フリーマン率いるチームがゴビ砂漠に4週間の調査遠征を実施した。物理学者・科学ライター・アーティストを含む多彩な構成のチームで、装置に頼ったマッカーリとは異なり「地元の証言収集」を重視したアプローチをとった。

チームは広い砂漠に「情報提供の報奨金」を記したチラシを配布し、ワームの絵を見せて地元民の記憶を呼び起こそうとした。収集された証言の多くは「茶色い鱗のある、ウミヘビのような体」を描写しており、フリーマンは「伝承の能力(電撃・猛毒)は誇大化されているが、正体はタルタルスナボアという既知のヘビではないか」と結論付けた。ただしフリーマンも「既知の生物の誤認だけではすべての目撃を説明しきれない」とも述べた。(CFZ遠征報告書より)

体験談③「犬が砂の窪みに近づいた直後、音もなく倒れた——現地遊牧民の証言(年代不詳)」

マッカーリの聴取記録に残る遊牧民の証言。夏の放牧中、飼い犬が砂丘の窪みに近づいて走り回った直後、何の前兆もなく倒れて死んだという。遊牧民は「砂の下に何かがいた。以来その場所には近づかない」と語った。別の証言者は「ラクダが原因不明で急死した場所に砂の波紋が残っていた」とも語っている。

マッカーリはこれらの証言について「彼らは誇張しているとは思わない。ゴビの環境に熟知した人々が、生死に関わる情報として語っていた」と評価した。(マッカーリ遠征記録より)

※ 体験談は個人の証言・記録であり、事実を保証するものではありません。


証拠と記録

捕獲例はゼロ。撮影された映像もゼロ。骨・皮・体液などの物的証拠も一切存在しない。1990年代以降に実施された複数の国際調査遠征はすべて空振りに終わっている。唯一の根拠は、何世代にもわたって積み重ねられた遊牧民の証言のみだ。

調査記録のイメージ
証拠の種類内容信頼度
マッカーリ収集の遊牧民証言(1990〜2004年)複数の独立した証言者からの聴取記録。共通の特徴あり中(証言の一貫性は高いが物証なし)
CFZ収集の証言(2005年)フリーマンチームが聴取。ウミヘビ型の描写が多い低〜中(既知動物と一致する証言も含む)
タルタルスナボアの照合(1983年)現地民にタルタルスナボアを見せたところ「同じ動物」と確認したケースが存在低(一部の目撃説明には有効だが全体の説明には不十分)
捕獲標本・骨・映像存在しない—(証拠皆無)

正体の有力説

説① タルタルスナボア(サンドボア)誤認説

現在最も合理的とされる説。タルタルスナボア(学名:Eryx tataricus)はゴビ砂漠に実際に生息する短い体型のヘビで、地中生活を好み、太い体と先端が丸い尾を持つ。1983年、地元民にこのヘビを見せたところ「オルゴイ・コルコイと同じ動物だ」と確認した例が記録されている。ただしマッカーリや動物学者カール・シューカーは「砂漠の環境に熟知した遊牧民が既知のヘビを恐れるはずがない」と反論しており、全ての目撃を説明するには不十分とする立場もある。

説② ミミズトカゲ(アンフィズベナ)未知種説

四肢が退化した地中棲の爬虫類「ミミズトカゲ」の未知種という説。頭尾の区別がつかない外見・地中生活・ずん胴な体型がモンゴリアンデスワームの描写と一致する。最大種のシロハラミミズトカゲは体長80cm以上に達する。CFZのフリーマンもこの説を有力視しており、「デスワームの正体はミミズトカゲの一種ではないか」と述べている。

説③ 未知の巨大地中生物実在説

既知の生物には当てはまらない、ゴビ砂漠固有の大型地中生物が実在するという説。猛毒や電撃能力は誇大化されたものとしても、「何らかの未発見生物が存在する」という可能性を完全には否定できないとする立場。地球上の砂漠地帯には現在も未発見の生物が多数存在することが知られており、ゴビ砂漠の過酷な調査環境が発見を妨げているとも言われる。

説④ 砂漠への警告・民話的安全装置説

デスワームの伝承は、ゴビ砂漠の危険な環境(毒ヘビ・毒虫・砂嵐・熱射病)への注意喚起として機能してきた「民話的な安全装置」とする説。実際の危険(毒ヘビの咬傷や熱射による突然死)を「謎の生物の仕業」として説明することで、危険を回避する行動が強化されたとする。文化人類学的な観点から支持する研究者がいるが、複数の調査チームが確認した証言の一貫性を説明しにくい。


なぜ謎は解けないのか

モンゴリアンデスワームの謎が解けない最大の理由は、目撃が「人間が最も調査しにくい条件の時期・場所」に集中しているからだ。気温50℃を超える夏のゴビ砂漠での長期調査は、現代の装備をもってしても命がけだ。目撃がピークとなる6〜7月の雨季は、まさに調査隊が最も行動しにくい季節だ。

加えて、「名前を口にするな」という禁忌が証言収集を根本的に困難にしている。マッカーリは「多くのモンゴル人は語りたがらなかった。開いた口の中に砂が入ることを恐れるように、この話題を避けた」と記録している。

物的証拠が皆無である点は否定的だが、1983年のタルタルスナボアとの照合が「一部の目撃は既知動物で説明できる」ことを示した一方で、すべての証言を説明しきれないという矛盾も残している。

「デスワームは解剖学的には可能で、環境的には存在しうるが、証拠的には不在だ。誰かが砂漠から証拠以上のものを持ち帰るまで、その場所は民間伝承と暗号動物学の間に留まり続ける。」——Folklore from the Fringe(2025年)


まとめ

モンゴリアンデスワームは捕まえられたことがない。撮影されたこともない。骨一本、皮一枚も見つかっていない。

それでも、何世代にもわたる遊牧民が実在を確信してきた。複数の国際調査チームが「証言の一貫性は本物だ」と認めた。

「その場にいた者は誰一人この生物を実際に見たことがなかった。しかし全員がその実在を固く信じており、詳細に描写した。」——ロイ・チャップマン・アンドリュース(1926年)

この言葉は100年前のものだが、今もほぼそのまま当てはまる。

ゴビ砂漠はいまも広大なままだ。夏の砂の下に何があるかは、まだ誰も確かめていない。


FAQ

Q. モンゴリアンデスワームはどこに棲んでいますか?

モンゴル南部のゴビ砂漠、特に南西部・西部の砂丘地帯に棲むとされています。地中生活を好み、6〜7月の雨季・最高気温期に地上に出現するとされています。

Q. 本当に猛毒や電撃で攻撃するのですか?

遊牧民の証言には猛毒と電撃が含まれていますが、科学的に証明されたものはありません。リチャード・フリーマンは「これらの能力は誇大化されたものだ」と結論付けています。ただし既知生物にも「酸を噴射するビートル」「電撃を放つデンキウナギ」などの例があり、完全に否定はされていません。

Q. これまで何回調査されましたか?

1990年・1992年・2004年(チェコ・マッカーリ)、2005年(イギリス・CFZ)、2006〜2007年(アメリカ・Destination Truth)、2009年(ニュージーランド・ファリアー)など複数回の国際調査遠征が実施されましたが、すべて空振りに終わっています。

Q. 正体として最も有力な説は何ですか?

タルタルスナボア(サンドボア)やミミズトカゲの一種という誤認説が最も合理的とされています。ただし「遊牧民が地元の既知動物を見間違えるはずがない」という反論もあり、結論は出ていません。

Q. なぜ証言があるのに発見できないのですか?

目撃が集中する6〜7月のゴビ砂漠は気温50℃を超える調査困難な環境です。また現地の遊牧民は「名前を口にすることさえ危険」と信じており、証言収集自体が困難です。これらの構造的な問題が100年にわたって謎を存続させています。

安全メモ

  • 私有地への侵入はNG
  • 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
  • 近隣住民への迷惑行為はNG

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