UMA公開日: 2026-05-07更新日: 2026-05-07

クラーケン

北欧を中心に中世から語り継がれる巨大海洋怪物。1250年頃の文献「ハフグーファ」を最古の記録とし、1752年のポントピダン著書が詳細を記した。1861年にフランス海軍が組織片を捕獲してダイオウイカと鑑定。正体の一部が「実在」することを証明された数少ないUMAだ。

水棲型UMA北大西洋・北欧海域実在度 B証拠強度 B危険度 4
水棲型巨大生物複数証言歴史的目撃部分的証拠あり現在も目撃継続
クラーケン——北大西洋に伝わる巨大軟体海洋怪物

「直径1.5キロに達する巨大な海獣だ。その体が沈むとき、生まれる渦が周囲のすべてを飲み込む。」

1752年。ノルウェーの司教エーリク・ポントピダンは、著書『ノルウェー博物誌』の中でそう書いた。船乗りたちが「島」と間違えて上陸し、そのまま海に消えた話。触手が帆船のマストをつかみ、引きずり込んだ話。漁師たちがクラーケンの吐き戻しに集まる魚を漁に利用した話。

それから109年後の1861年11月。フランス海軍通報艦アレクトン号が、カナリア諸島沖で「クジラより大きな謎の生物」と遭遇し、部分的な捕獲に成功した。

持ち帰られた肉片は、巨大なイカと鑑定された。

クラーケンの正体は、800年かけて「実在」した。


概要

クラーケン(Kraken)は、北欧を中心に中世から語り継がれてきた巨大海洋怪物だ。名前はノルウェー語の「krake(曲がったもの・ねじれたもの)」に由来する。島と見間違えるほど巨大な体、触手で船を引き倒す能力、潜水時に生まれる巨大な渦──これが伝承に描かれた特徴だ。

このUMAが他と根本的に異なるのは、「正体とされる生物が実在することが確認された」という点だ。

1861年にフランス海軍が部分的に捕獲した標本が「ダイオウイカ(学名:Architeuthis dux)」と鑑定されて以来、クラーケンの目撃の多くはダイオウイカの誤認・誇張とする見解が定着した。そして2012年、日本のNHKとディスカバリーチャンネルの合同チームが、生きたダイオウイカの映像を世界で初めて撮影した。

しかし問題は「クラーケンの伝承サイズ」だ。ポントピダンが記した「直径1.5km」、島と見間違えるほどの巨体──これはダイオウイカ(最大体長約18m)では説明できない。「本物の未知生物がいる」可能性は、まだ完全には消えていない。

「その生物が沈むとき、それは小さな島が沈むようだった。生まれた渦は、周囲の船を飲み込もうとした。」——ノルウェーの漁師の証言(ポントピダン著書より、1752年)

クラーケンのイメージ

基本情報

項目内容
名称クラーケン(Kraken)
別名ハフグーファ(中世ノルウェー)、海の怪物、海の悪魔
最古の記録1250年頃(ノルウェー教訓書『王の鏡』に「ハフグーファ」として)
主な記録1752年・ポントピダン著『ノルウェー博物誌』
目撃地北大西洋・北欧海域(ノルウェー沖・アイスランド沖・カナリア諸島沖ほか)
地域海外(ノルウェー・北大西洋)
分類水棲型UMA
体長・特徴伝承では直径1.5km〜島大。触手で船を捕らえる。潜水時に渦を発生させる。表面は岩のようにざらつく
危険度4
実在度B
証拠強度B
タグ#水棲型 #巨大生物 #複数証言 #歴史的目撃 #部分的証拠あり #現在も目撃継続

目撃地・現場について

クラーケンの目撃報告は北大西洋・北欧海域に集中しており、深冷水域と近代的な漁業・航海ルートが重なる海域だ。

  • ノルウェー沖・アイスランド沖:中世から最も多くの伝承が残る本拠地。ポントピダンが「最もクラーケンが多い海域」と記した
  • カナリア諸島沖(北大西洋):1861年のアレクトン号事件の現場。このダイオウイカの捕獲がクラーケン論争を大きく変えた
  • アンゴラ沖(西アフリカ沿岸):1810年にフランス船の乗組員が目撃
  • フロリダ州セントオーガスティン沿岸:1896年、謎の巨大肉塊が漂着。全長25m超の頭足類の触手と推定された
  • 南極海周辺:コロッサルスクイッド(ダイオウホウズキイカ)の生息域と重なる。2007年にニュージーランド漁船が450kgの個体を捕獲

現在も南大西洋・太平洋でダイオウイカの大型個体目撃が続いており、「伝説の生息域」は拡大している。


なぜ語り継がれるのか

クラーケンが800年以上語り継がれてきたのは、「正体が実在する」という他に類を見ない背景による。

実在の生物がいることが証明された 1861年のアレクトン号捕獲事件、1870年代のニュージーランド沿岸漂着標本、2012年の生体撮影と段階的にダイオウイカの実在が確認されてきた。「クラーケンの伝説はただの神話ではなかった」という事実が、この存在を生き続けさせている。

12世紀の文献から途切れなく記録が続いている 1250年頃の『王の鏡』に「ハフグーファ」として登場し、1539年のオラウス・マグヌスの地図、1752年のポントピダンの博物誌、19世紀の航海記録と、800年間にわたって文書記録が途切れていない。これはほぼすべてのUMAを超える記録の厚みだ。

1861年のアレクトン号事件が「証拠」を残した フランス海軍の公式記録として残る1861年の遭遇は、乗組員のスケッチと組織の一部という「物証」を伴っている。これが他の伝承的UMAと決定的に異なる点だ。

ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』(1870年)でイメージが世界に固定された ノーチラス号を巨大イカが襲うシーンで、「クラーケン=巨大イカ」というイメージが世界規模で普及した。それ以降、ダイオウイカの目撃がすべてクラーケンの文脈で語られるようになった。


目撃証言の詳細

ポントピダン司教の記録(1752年・ノルウェー沖)

ノルウェーの司教エーリク・ポントピダンは『ノルウェー博物誌』の中で、複数の漁師・船乗りの証言を集積して記述した。「直径1.5kmに達する」という巨体の描写は誇張の可能性が高いが、「夏の凪の日に海面に現れる」「潜水時に巨大な渦が生じる」「周囲に大量の魚を集める」という観察的な特徴は、現代のダイオウイカの行動と部分的に一致する。

  • 体は島のように広大で岩のような表面
  • 夏の凪のとき海面に浮上する
  • 潜む際に発生する渦が危険
  • 周囲に大量の魚群を引き寄せる特性があり、漁師はこれを利用した
ポントピダンの記録

アレクトン号事件(1861年11月・カナリア諸島沖)

フランス海軍通報艦アレクトン号は、カナリア諸島テネリフェ島からカデスへの航行中に、海面を漂う「クジラより大きな謎の生物」を発見した。艦長フレデリック・ブイエが銃撃を命令し、ロープで絡め取ろうとした。生物はロープから逃れたが、ちぎれた胴体の一部が船上に残った。

この組織片は後にダイオウイカ(Architeuthis属)と鑑定された。フランス科学アカデミーにも報告が提出され、世界初のダイオウイカの物的証拠として科学史に残る事件となった。ブイエ艦長が描いたスケッチが現在も残っている。

ブランズウィック号事件(1930年・北大西洋)

ノルウェーの戦艦ブランズウィック号が北大西洋で「巨大な頭足類」の攻撃を受けた。生物は海中から姿を現して船の周りを旋回し始め、触手を船に巻き付けて引き込もうとした。ブランズウィック号は機関出力で振り切ったと記録されている。

証言が一致する点:

  • 複数の触手・腕を持つ大型軟体動物
  • 夏の海面・北大西洋に出現
  • 船に対して攻撃的な行動をとる
  • 潜水時に渦または泡立ちが発生する

証言が食い違う点・疑問点:

  • 体のサイズ(「島大」vs「ダイオウイカサイズ」で数十倍から数千倍の差)
  • 形状(タコ型・イカ型・ヒトデ型・クラゲ型まで諸説)
  • 実際に船を沈めた記録は公式記録として残っていない
クラーケンの目撃証言

体験談

体験談①「クジラより大きかった。触手がロープにからみつき、切れた肉が甲板に落ちた——アレクトン号艦長ブイエ(1861年11月)」

1861年11月、フランス海軍通報艦アレクトン号の艦長フレデリック・ブイエは、カナリア諸島沖で巨大生物を発見した。乗組員とともに銃撃を加え、ロープで絡め取ろうとしたが、強力な引力により生物は逃れ、ちぎれた重量20kg以上の組織片のみが甲板に残った。

ブイエはフランス科学アカデミーへの報告書と、乗組員によるスケッチを提出した。科学アカデミーは当初この報告を「船員の見間違い」として懐疑的に扱ったが、組織片の分析によりダイオウイカ属であることが確定した。この事件が、長年「伝説の怪物」とされてきたダイオウイカの実在を科学的に証明する第一歩となった。(フランス海軍公式記録・フランス科学アカデミー報告書より)

体験談②「砂浜に横たわっていた。体長8メートル。全身は茶色の肉塊で、タコの腕にそっくりだった——セントオーガスティン・モンスター(1896年11月・フロリダ)」

1896年11月、アメリカ・フロリダ州セントオーガスティンの砂浜に謎の肉塊が打ち上げられた。全長8mを超え、表面は筋繊維質に覆われ、全身がタコの腕に酷似していた。調査した博物学者は「全長25mを超える頭足類の触手の一部」と結論付けた。

この漂着物は「セントオーガスティン・モンスター」と呼ばれ、長くクラーケン実在の証拠として語られた。後の科学的分析ではコラーゲンの多い特殊な配列から「クジラの脂肪組織」とする見方が有力になったが、現在も完全な結論は出ていない。(当時の地元新聞・Smithsonian研究記録より)

体験談③「生きているダイオウイカを初めて撮影した——NHK・ディスカバリーチャンネル合同チーム(2012年)」

2012年1月、NHKとディスカバリーチャンネルの合同取材チームが、小笠原諸島沖水深900mで体長約3mの生きたダイオウイカの映像を世界で初めて撮影した。深海カメラに吸い付くように寄ってきたイカは、発光しながら8本の腕と2本の触手を広げて撮影された。

それまで生きたダイオウイカは「船乗りの目撃証言」か「浜辺の死体」としか確認されていなかった。この映像は「存在すること」が分かっていても「見たことがない」深海の巨大生物が実在することを映像として証明した。クラーケンの伝承と直結するこの発見は、「まだ見つかっていない巨大生物がいるかもしれない」という可能性を逆説的に強化した。(NHKスペシャル「ダイオウイカ 深海の超巨大生物」2013年放送より)

※ 体験談は個人の証言・記録であり、事実を保証するものではありません。


証拠と記録

クラーケンの証拠状況は他のUMAと根本的に異なる。正体とされるダイオウイカは今や実物・映像・標本が存在する「既知の生物」だ。問題は「クラーケン=ダイオウイカ」であれば説明できないほどの巨大さが伝承に記されており、「それ以上の未知生物」の可能性を否定できない点だ。

クラーケンの証拠と記録
証拠の種類内容信頼度
アレクトン号捕獲標本(1861年)フランス海軍公式記録。組織片がダイオウイカ属と鑑定高(科学的に確定)
ニュージーランド沿岸漂着標本(1870年代〜)複数の完全標本が博物館に収蔵。最大体長約18m高(現物存在)
セントオーガスティン・モンスター(1896年)巨大肉塊の漂着。現在もクジラ脂肪組織説と頭足類説が対立中(鑑定未確定)
NHK生体映像(2012年)世界初の生きたダイオウイカ映像。水深900mで撮影高(映像あり)
コロッサルスクイッド捕獲(2007年)体重450kgの個体をNZ漁船が捕獲。現在も南極海に生息確認高(実物存在)
「島大の怪物」としての物証現在まで存在しない—(証拠なし)

正体の有力説

説① ダイオウイカ(Architeuthis dux)誤認・誇張説

現在最も支持される説。体長最大18m、体重最大900kgに達するダイオウイカが、夜間・荒天下・視界不良の条件で船乗りに目撃された際、大きさが誇張され「島大の怪物」として伝承化したとする。1861年のアレクトン号捕獲がこの説の最大の根拠だ。巨大な目・強力な吸盤・長い触手はクラーケンの描写と一致し、20世紀後半以降の標本蓄積と2012年の生体撮影により、この説の信頼性は格段に上がった。

説② コロッサルスクイッド(ダイオウホウズキイカ)説

南極海に生息するコロッサルスクイッドは、体長はダイオウイカとほぼ同等だが体重では上回り、450kgを超える個体が確認されている。強力なかぎ爪付き吸盤と鋭い嘴を持ち、攻撃性はダイオウイカ以上とされる。北大西洋には生息しないが、類縁の未知種が存在する可能性を指摘する研究者もいる。

説③ 未知の超巨大頭足類実在説

ダイオウイカやコロッサルスクイッドでは説明できない「島大の怪物」という記述を根拠に、より大型の未知種が存在するとする説。2011年にはネバダ州で発見された2億年前の魚竜化石の整列状態から「当時のクラーケンが食事後に骨を並べた痕跡」とする大胆な仮説が古生物学者から提唱されたが、他の研究者からの反論も多い。深海の未調査領域が広大であることを根拠に、可能性を「ゼロではない」とする立場がある。

説④ 自然現象・複合的誤認説

海流の渦(マエルストロム)・大型クジラの集団行動・海藻の大群・流木の塊などが、暗闇・嵐・恐怖状態の船乗りによって「巨大生物」として知覚されたとする説。「船を沈める渦」の記述はノルウェー海岸の実在の海流「マエルストロム」への恐怖を反映しているとも解釈される。


なぜ謎は解けないのか

クラーケンの謎が解けない理由は独特だ。「正体が実在する(ダイオウイカ)」ことは証明されている。しかし「クラーケンの伝承サイズ」には届いていない。

最大のダイオウイカは体長約18m。しかし伝承の「直径1.5km」や「島大の怪物」という記述との乖離は埋まらない。これはすべて誇張かもしれない。あるいは、ダイオウイカよりさらに大型の未知の頭足類が深海のどこかに存在しているかもしれない。

地球の海洋の95%以上はまだ未調査だ。コロッサルスクイッドの存在が20世紀後半まで知られていなかったように、深海にはまだ発見されていない巨大生物がいる可能性は否定できない。

「クラーケンは存在した。それはダイオウイカだった。しかし伝承の怪物が示すサイズの生物は、まだ発見されていない。」——深海生物研究者の間で共有される認識


まとめ

クラーケンの記録は800年前に始まり、今日も続いている。

12世紀の教訓書から北欧の地図、司教の博物誌、フランス海軍の公式記録、そして2012年の深海映像まで。

1861年、フランス軍艦が部分的に捕獲した生物は「ダイオウイカ」だった。正体の一部は証明された。しかし伝承が語る「島と見間違える巨大さ」は、まだ発見されていない。

「その生物が沈むとき、それは小さな島が沈むようだった。生まれた渦は、周囲の船を飲み込もうとした。」——ノルウェーの漁師の証言(1752年)

北大西洋の深海の暗闇に、まだ見つかっていない「何か」がいるかどうか。それを否定できる科学者は、まだ誰もいない。


FAQ

Q. クラーケンは本当に存在するのですか?

クラーケンの正体として最有力視されるダイオウイカは、実在が確認されています。1861年のフランス海軍アレクトン号事件では組織片が捕獲され、2012年にはNHKが生体映像を撮影しました。ただし伝承が語る「直径1.5km・島大の怪物」は現在まで発見されていません。

Q. 最大のダイオウイカはどのくらいの大きさですか?

確認されている最大のダイオウイカは体長約18m、体重約900kgです。コロッサルスクイッド(ダイオウホウズキイカ)では体重450kg超の個体が2007年にニュージーランド漁船によって捕獲されています。

Q. 実際に船を沈めたことはありますか?

ダイオウイカが船に触手を巻きつけたとする記録(1930年・ブランズウィック号、2003年・ジェロニモ号など)は存在しますが、イカが船を沈めた公式記録は確認されていません。ダイオウイカは戦略的に船を沈める能力はないとされています。

Q. 正体として最も有力な説は何ですか?

ダイオウイカの誤認・誇張説が現在の科学的コンセンサスです。ただし「伝承のサイズには届かない」という問題が残っており、より大型の未知頭足類の可能性を完全否定する研究者はほとんどいません。

Q. クラーケンが最も多く目撃される海域はどこですか?

歴史的にはノルウェー沖・アイスランド沖・北大西洋での報告が最多です。現代ではダイオウイカとコロッサルスクイッドは南極海・北大西洋・北太平洋に広く分布しており、深海の低温域に生息しています。


出典

安全メモ

  • 私有地への侵入はNG
  • 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
  • 近隣住民への迷惑行為はNG

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サンダーバード

北米大陸で数千年にわたり伝承されてきた巨大翼型UMA。先住民族の神話では「雷を操る神聖な巨鳥」として崇拝され、1977年にはイリノイ州で10歳の少年を持ち上げた「拉致未遂事件」が6名の証言とともに記録された。

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チュパカブラ

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スカンクエイプ

フロリダ州の湿地帯に棲む類人猿型UMA。最大の特徴はスカンク・生ゴミ・硫黄を混ぜた耐えがたい悪臭で、目撃者はしばしば「臭いで先に存在に気づく」と証言する。2000年に老婦人が匿名で警察に送った「ミャッカ写真」は20年以上分析されながら真偽不明のまま。フロリダ67郡のうち48郡で現在も目撃が続く。

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