UMA公開日: 2026-05-04更新日: 2026-05-07

ジャージーデビル

アメリカ・ニュージャージー州パインバレンズに伝わる翼型UMA。1735年のリーズ家の呪いを起源とし、290年以上にわたり2,000件超の目撃報告が積み重なった。馬に似た顔・コウモリの翼・赤い目を持つ怪物で、NHLチーム「ニュージャージー・デビルズ」の名前の由来にもなっている。

翼型UMAアメリカ(ニュージャージー州)実在度 C証拠強度 D危険度 3
翼型複数証言家畜被害現在も目撃継続未解決観光地化
ジャージーデビル——ニュージャージー州パインバレンズに伝わる翼型の怪物

「こんな子はいっそ悪魔になればいい。」

1735年、嵐の夜。ニュージャージー州パインバレンズのリーズ家で、13番目の子の出産が始まった。あまりの難産に正気を失った母親が口走ったその言葉が、すべての始まりとされている。

産まれた子は母親の腕の中で変身した。顔が馬のように伸び、背中にコウモリの翼が生え、指先が鋭く尖った。そして産声の代わりに雄叫びをあげ、煙突から飛び去った。

それから290年。ジャージーデビルは今も、パインバレンズの森から現れ続けている。


概要

ジャージーデビル(Jersey Devil)は、アメリカ・ニュージャージー州一帯で290年以上にわたって目撃が報告されている翼型UMAだ。「リーズ家の悪魔」「リーズ・ポイントの悪魔」とも呼ばれる。

馬または鹿に似た面長の顔、赤く光る目、黒い体毛、コウモリのような翼、細長い尾、馬のひづめに似た足跡──これが証言を横断した共通の特徴だ。目撃報告は2,000件を超えるとされており、UMAとしては異例の多さだ。

最古の近代的目撃記録は1800年代初頭。元スペイン国王ジョゼフ・ボナパルトが1820年代に地所でこの生物に遭遇したとされる。そして1909年1月、8日間で30か所以上の目撃が集中し、フィラデルフィアの市街電車が「襲撃」を受けたとして警備員が出動するほどの社会的パニックが発生した。

「馬のような頭とコウモリのような翼を持つ生き物が、屋根を飛び越えていった。間違いなかった。」——1909年1月、ニュージャージー州の主婦の証言(フィラデルフィア・イブニング・ブリテン紙)

ジャージーデビルのイメージ

基本情報

項目内容
名称ジャージーデビル(Jersey Devil)
別名リーズ家の悪魔、リーズ・ポイントの悪魔
伝承起源1735年(リーズ家の呪い伝説)
近代最古の目撃1800年代初頭(スティーブ・ディケーター)
目撃地アメリカ・ニュージャージー州(主にパインバレンズ)
地域海外(アメリカ)
分類翼型UMA
体長・特徴体長1〜1.8m、馬・鹿に似た顔、赤い目、コウモリ状の翼、黒い体毛、細長い尾、馬のひづめ状の足跡
危険度3
実在度C
証拠強度D
タグ#翼型 #複数証言 #家畜被害 #現在も目撃継続 #未解決 #観光地化

目撃地・現場について

ジャージーデビルの本拠地とされるのは、ニュージャージー州南部に広がる広大な松林地帯「パインバレンズ(Pine Barrens)」だ。かつて製鉄所やガラス工房が栄えたが産業衰退後に廃村化が進み、約1,700平方kmにわたる森林と湿地が手つかずで残っている。

  • パインバレンズ(松林荒原):本拠地。最多の目撃報告が集中。廃村跡・湿地帯が混在する不気味な地形
  • ギブスタウン:体長2mの半人半獣が目撃され、警官が出動した地
  • ムリカ川沿いの農場:アヒル31羽・ガチョウ3羽・猫4匹・犬2匹が惨殺された事件の現場
  • フィラデルフィア(隣接ペンシルベニア州):1909年の大パニック時に都市部でも目撃が多発

パインバレンズはユネスコの生物圏保護区にも指定されており、今もニュージャージー州民にとって「不思議なことが起こる場所」として認識されている。


なぜ語り継がれるのか

ジャージーデビルが290年間語り継がれる理由は、UMAとしての目撃だけでなく、「呪いの伝説」「集団パニック」「地域アイデンティティ」という3つの構造が重なっているからだ。

伝承と実際の目撃が融合している 1735年のリーズ家の呪い伝説は、実在の人物・デボラ・リーズが12人の子を産んだという記録に基づく。伝承が実在の家族を起点としているため、単なる民話として切り捨てにくい。1800年代初頭から現実の目撃報告が重なることで、伝説と現実の境界線が曖昧になっていった。

1909年の集団パニックが全国的な知名度を確立した 1909年1月16〜23日の8日間、目撃が30か所以上に集中し、当時米国最大の夕刊紙『フィラデルフィア・イブニング・ブリテン』が連日報道した。学校や企業の一時閉鎖、警備員の出動まで発展した「集団パニック」が、全米にその名を知らしめた。

元スペイン国王が目撃している 1820年代、ニュージャージーに地所を持っていた元スペイン国王ジョゼフ・ボナパルトが、狩猟中にジャージーデビルとおぼしき生物に遭遇したという記録が残っている。王族という証言者の信頼性が、この怪物の実在を否定しにくくする要因のひとつになっている。

ニュージャージー州民のアイデンティティになっている NHLプロアイスホッケーチーム「ニュージャージー・デビルズ」の名前はこのUMAに由来する。映画・ゲーム・ボードゲームにも登場し、観光資源としても機能している。地元住民にとってジャージーデビルは単なるUMAではなく「州の象徴」だ。


目撃証言の詳細

1909年大パニック期の証言(1909年1月16〜23日)

8日間で30か所以上の目撃が集中し、新聞が連日報道した最大の事件。複数の独立した証言者が同時期に同地域で類似した特徴を証言した。ただし後の検証で、この時期に新聞が掲載した「証拠写真」の多くは偽物か野生動物のものと確認されている。

  • 「馬のような頭とコウモリのような翼を持つ生き物が屋根を飛び越えた」(主婦)
  • 「足跡が屋根裏に続いていて、追いかけたが消えた」(男性)
  • 市街電車が「生物に襲撃された」として武装警備員が出動
1909年の目撃証言

ムリカ川農場の家畜惨殺事件(年代記録あり)

ニュージャージー州ムリカ川沿いの農場で、アヒル31羽・ガチョウ3羽・猫4匹・犬2匹が惨殺された。殺された犬の1匹は体重9kgのジャーマンシェパードだったが、「一片の肉塊と化していた」と記録されている。馬のひづめに似た足跡が現場周辺に残っていた。

ジョン・アーウィンの遭遇(1993年12月・ウォートン州立森林)

ニュージャージー州の自然公園管理者ジョン・アーウィンが、深夜のパインバレンズのパトロール中に森から現れた生物と正面から遭遇した。「体長約1.8m、黒い体毛が濡れてもつれていた」と証言した。後に「鹿であった可能性がある」と専門家に指摘されたが、アーウィン自身は「鹿とは全く違う」と主張を変えていない。

証言が一致する点:

  • 馬・鹿・羊に似た面長の顔
  • 背中にコウモリ状の翼がある
  • 赤く光る目
  • 馬のひづめに似た足跡を残す
  • 夜行性で、森や農場周辺に出現する

証言が食い違う点・疑問点:

  • 体長(1mから2m超まで証言に幅がある)
  • 翼で実際に空を飛ぶかどうか(目撃証言は飛行を主張するが写真・映像で確認されたものはない)
  • 攻撃性(人を直接攻撃した信頼性の高い記録はない)
ジャージーデビルの目撃詳細

体験談

体験談①「足跡が屋根裏に続いていて、姿を追いかけたが消えてしまった——1909年1月、ニュージャージー州の男性」

1909年1月、ニュージャージー州の男性が自宅の屋根裏に奇妙な足跡を発見した。馬のひづめに似た小さな蹄跡が続いており、男性は足跡を追って裏庭に出たが、生物の姿は見えなかった。翌朝、近隣の複数の家屋の屋根にも同様の足跡が発見された。

この時期の足跡報告は地域一帯に広がり、フィラデルフィア・イブニング・ブリテン紙が写真付きで報道した。ただし後の調査で、この時期に報道された足跡写真の多くはほかの動物のものか、捏造と判定されている。(フィラデルフィア・イブニング・ブリテン紙 1909年1月より)

体験談②「体重9kgのジャーマンシェパードが一片の肉塊と化していた——ムリカ川農場の惨殺事件」

ニュージャージー州ムリカ川沿いの農場主が朝に鶏小屋を開けると、アヒル31羽・ガチョウ3羽・猫4匹・犬2匹が惨殺されていた。体重9kgのジャーマンシェパードは「一片の肉塊と化していた」と記録されている。農場の周辺には馬のひづめに似た足跡が残っており、フェンスや囲いは破壊されていたが、出入り口は施錠されたままだった。

近隣の農場主たちはこの事件をジャージーデビルの仕業と断定し、夜間の外出を避けた。地元警察は捜査を行ったが、犯行動物を特定できなかった。(地元農場記録・各種UMA調査資料より)

体験談③「森の中から現れた。鹿とは全く違う——公園管理者ジョン・アーウィン、1993年12月の遭遇」

ニュージャージー州の自然公園管理者ジョン・アーウィンは、1993年12月の深夜パトロール中、パインバレンズの森の中から現れた生物と正面から遭遇した。「体長約1.8m、黒い体毛が濡れてもつれており、二本足で立っていた。鹿とは全く違う」と証言した。

アーウィンは自然公園の管理者として数多くの野生動物を熟知している。その人物が「既知の動物ではない」と断言したことで、この証言は信頼性の高い目撃例として研究者に引用され続けている。この生物は「ジョン・アーウィンズ・ウォートンステートフォレスト・モンスター」として別途記録された。(各種暗号動物学資料より)

※ 体験談は個人の証言・記録であり、事実を保証するものではありません。


証拠と記録

290年分の目撃報告がありながら、科学的に有効な物的証拠は一度も確認されていない。1909年に報道された足跡写真や証拠写真の多くは後に偽物または野生動物のものと判定された。現代の写真・映像も、解像度が低いものや合成・模型疑惑のあるものが大半だ。

ジャージーデビルの証拠と記録
証拠の種類内容信頼度
1909年の新聞報道スケッチフィラデルフィア紙に掲載。当時最大規模の記録低(多くが捏造または誤認と確認)
馬のひづめ状の足跡(複数報告)農場・路上・屋根など複数箇所で報告。写真あり低(既知動物の可能性が高い)
2008年の定点カメラ映像狩猟用カメラが偶然撮影とされる映像低(識別困難)
2015年のデイブ・ブラック氏の写真ゴルフ場付近で撮影。FOXニュースが報道低(合成疑惑あり)
アーウィンの証言記録(1993年)公園管理者による詳細な証言。第三者記録あり中(証言の信頼性は高いが物証なし)

正体の有力説

説① 大型鳥類(カナダヅル・ミミズク等)の誤認説

現在最も合理的とされる説。カナダヅルは翼を広げると約2mに達し、夜間に飛行する。夜間や薄暮時に見た大型鳥類が、恐怖心と先入観によって「翼のある悪魔」として知覚された可能性がある。ミミズク説も研究者の一部から支持されており、夜行性で大きな目を持つ特徴がジャージーデビルの描写と一致する。

説② ウマヅラコウモリの誤認説

アフリカ中央部に生息するウマヅラコウモリは、馬に似た顔とコウモリの翼を持ち、翼を広げると約90cmに達する。「馬のような顔にコウモリの翼」というジャージーデビルの最大の特徴と外見が一致するため有力視されている。ただし生息域がアフリカであることと、報告されている体長(1〜1.8m)との大幅な差が説明できない。

説③ 翼竜(プテロサウルス)の生き残り説

中生代に生息した翼竜が現代まで生き残っているとする説。体型や飛行能力がジャージーデビルの描写に一致するとして一部の研究者が主張する。ただし翼竜が現代まで生息し続ける可能性は生物学的にほぼ否定されており、証明不能な域にとどまる。

説④ 集団ヒステリー・民間伝承の具現化説

1909年の大パニックの後、新聞報道が「証拠」を捏造・誇張したことが確認されている。呪い伝説が先行して存在する地域で、夜間に動物を見た人々が「それはジャージーデビルだ」と解釈するバイアスが働いた結果、目撃件数が膨らんだとする説。この説は1909年のパニックをよく説明するが、それ以前・以後の独立した目撃を説明しきれない。


なぜ謎は解けないのか

ジャージーデビルが290年間謎であり続けるのは、目撃が主にパインバレンズという「広大で未整備の森林」に集中しているからだ。約1,700平方kmの荒野は、追跡調査を困難にする地形的条件を備えている。

加えて、「呪い伝説」が先行することで、何かを目撃した人が既存の伝説と照合して「ジャージーデビルだ」と解釈する心理的フィルターが代々受け継がれてきた。2,000件を超える目撃報告の多くは、この心理フィルターを通じて蓄積された可能性がある。

しかし、農場での家畜大量惨殺、公園管理者の詳細な証言、複数地点での馬のひづめ状の足跡という「何らかの生物の痕跡」は依然として説明がついていない。

「ジャージーデビルはUMAであり都市伝説のキャラである以上に、ニュージャージー州民のアイデンティティの一部としてとらえるのが正しいのかもしれない。」——都市伝説研究家・宇佐和通


まとめ

1735年、嵐の夜に生まれた「呪われた13番目の子」の伝説から始まった。

それから290年。2,000件を超える目撃報告が積み重なった。元スペイン国王が遭遇し、プロアイスホッケーチームの名前になり、フィラデルフィアで電車を「襲撃」した。

物的証拠は確認されていない。写真の多くは捏造か誤認だった。

「森の中から現れた。鹿とは全く違う。間違いない。」——公園管理者ジョン・アーウィン(1993年)

ニューヨークから車で1時間の距離に、松林が広がるパインバレンズがある。そこに290年前から「何か」がいるのか、いないのか。ニュージャージー州民は今日も、その問いに答えを持たないまま生きている。


FAQ

Q. ジャージーデビルはどこで目撃されていますか?

主にニュージャージー州南部のパインバレンズ(松林荒原)で目撃報告が集中しています。1909年の大パニック時には隣接するペンシルベニア州・フィラデルフィアでも目撃が相次ぎました。

Q. 目撃件数はどのくらいですか?

2,000件以上とされており、UMAとしては異例の多さです。1735年から現代まで途切れることなく報告が続いています。

Q. 物的証拠はありますか?

馬のひづめに似た足跡が複数箇所で報告・撮影されていますが、いずれも既知動物の可能性が否定できません。2008年の定点カメラ映像や2015年の写真なども存在しますが、解像度・信頼性ともに低く、科学的に有効な物証は確認されていません。

Q. 正体として最も有力な説は何ですか?

カナダヅル・ミミズクなどの大型鳥類の誤認説が最も合理的とされています。ただし家畜大量惨殺事件や公園管理者の詳細な証言など、既知動物では説明しにくい事例も残っています。

Q. 現在も目撃報告は続いていますか?

はい。2007年・2008年にも目撃情報があり、地元のタブロイド紙やオンラインフォーラムへの報告は現在も続いています。


出典

安全メモ

  • 私有地への侵入はNG
  • 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
  • 近隣住民への迷惑行為はNG

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