【広島県の心霊スポット】大久野島|「地図から消された島」── 600羽のうさぎが暮らす観光地に、3000人の毒ガス犠牲者の記憶が眠る
広島県竹原市沖の瀬戸内海に浮かぶ島。1929年から1945年に旧日本陸軍が毒ガスを製造し、「地図から消された島」と呼ばれた。延べ6500人以上が働き犠牲者は3000人以上。現在は「うさぎの島」として人気の観光地だが、廃墟群で白い服の霊が目撃されるという噂が語り継がれている。

基本データ
- 種別:心霊スポット
- 所在地:広島県
- 危険度:2/5
- 信憑性:B
広島県竹原市忠海町沖、瀬戸内海に浮かぶ小さな島がある。
「大久野島」。今は「うさぎの島」として知られている。600羽以上のうさぎが暮らし、観光客に大人気だ。
しかしこの島には別の名前があった。「毒ガス島」「大苦の島」。
1929年から1945年、旧日本陸軍がここで毒ガスを製造した。
最高機密だったため、日本地図からこの島は消された。日本国民にさえ、その存在は知らされなかった。
延べ6500人以上が働いた。製造途中で約300人が死んだ。後遺症で亡くなった人を含めると、犠牲者は3000人を超える。
毒ガス製造の事実を知らされないまま動員された女学生もいた。
今も白い服の霊が目撃される、という噂がある。
概要
大久野島(おおくのしま)は広島県竹原市忠海町から沖合約3キロメートルに位置する、周囲4.3キロメートルの瀬戸内海の島だ。現在は600羽以上の野生のうさぎが生息する「うさぎの島」として国内外から多くの観光客が訪れる人気のリゾート地で、国民休暇村やキャンプ場が整備されている。
しかしこの島には戦争の暗い歴史がある。1929年から1945年にかけて、旧日本陸軍がこの島で化学兵器(毒ガス)を製造していた。毒ガスがジュネーブ条約で国際的に禁止された兵器であったことや、製造が最高機密事項とされたことから、大久野島は意図的に日本地図から消され、日本国民にさえその存在は知らされなかった。「地図から消された島」という異名はこの歴史に由来する。
毒ガス製造には陸軍の技術者・軍属に加え、戦争後期には徴用工や学徒動員も従事し、男女合わせて延べ6500人以上が働いていたとされる。当時の防毒マスクは完全に毒ガスを防ぐことができず、隙間から侵入した毒ガスによって肺炎・気管支炎・皮膚病などを患う工員が続出した。毒ガス製造の事実を知らされないまま動員された人も多く、勤労奉仕の女学生たちが制服にはちまき・麦わら帽子姿で、作業服も着ずにゴム手袋だけで作業していたという記録も残っている。製造過程での人身事故も多発し、製造途中で約300人が亡くなり、戦後の後遺症による死者を含めると犠牲者は3000人を超えるとされている。
現在は毒ガス資料館が建てられ、当時の資料や軍事兵器が展示されており、戦争の悲惨さを伝える歴史教育の場として機能している。

基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 大久野島(おおくのしま)・毒ガス島・うさぎ島 |
| 所在地 | 広島県竹原市忠海町(瀬戸内海・忠海港から定期船) |
| ジャンル | 旧陸軍毒ガス製造工場跡(観光地・国民休暇村) |
| 危険度 | 2 |
| 信憑性 | B |
| タグ | #戦争遺跡 #島 |
場所・アクセス
JR呉線「忠海駅」から徒歩約5分の忠海港から定期船(高速船)で約12〜15分。または愛媛県側の大三島からもフェリーでアクセス可能。島内には国民休暇村・毒ガス資料館があり、サイクリングやハイキングで島内を周遊できる。発電所跡・毒ガス貯蔵庫跡などの廃墟群は柵で囲われているが、簡単に乗り越えられる「体裁の立入禁止」となっている場所もある。建物自体は爆弾投下を想定した厚いコンクリート造りのため倒壊の危険は低いが、割れた窓ガラスの落下に注意が必要だ。
なぜ心霊スポットになったのか
大久野島が心霊スポットとして語られる理由は、戦争という歴史の重みそのものにある。
「地図から消された島」という歴史的事実 最高機密だった毒ガス製造のため、日本地図から消された島という特異な歴史的背景が、この島の不気味なイメージを根本から形成している。
約300〜3000人という犠牲者数 製造途中で約300人が死亡し、後遺症による死者を含めると犠牲者は3000人を超えるとされる。「毒ガス製造工場だということを知らずに毒ガス製造に携わり、無念な死を遂げた犠牲者の魂がさまよっているとしても不思議ではありません」という解釈が複数のサイトで語られている。
動員された女学生・徴用工の悲劇 毒ガスについての知識がまったくない女学生たちが、十分な防護装備もなく動員されていたという記録が、犠牲者の無念をより深く印象づけている。
発電所跡・貯蔵庫跡という巨大な廃墟群 「この発電所跡は大久野島を取り上げた心霊スポット本には、必ず写真が掲載されるほどの巨大施設」という記録が残っており、戦時中の巨大施設の廃墟が独特の不気味な雰囲気を作り出している。
観光地と心霊スポットという二面性 「うさぎの島」として人気の観光地である一方、戦争の暗い歴史を持つ廃墟群が残るという二面性が、この島を特異な心霊スポットにしている。
心霊現象の噂
白い服を着た霊が目撃される 最も多く語られる怪異がこれだ。島内の廃墟周辺で白い服を着た霊が目撃されるという体験談が複数残っている。
廃墟を撮影すると心霊写真が撮れる 「戦争の爪痕が残る廃墟を撮影すると心霊写真が撮れる確率が高いという噂が広がっています」という記録が残っている。
誰もいないのに足音・子供の鳴き声が聞こえる 大久野島の廃墟を歩いていると、誰もいないのに足音が聞こえたり、子供の鳴き声が聞こえるという体験談が語り継がれている。
夏でも廃墟の前だけひんやりとした風が吹く 「廃墟の前に佇むと夏でもそこだけひんやりとした風が吹くという噂があります」という記録が残っている。
慰霊碑・殉職碑付近で心霊現象が起きやすい 島内には毒ガス被害者のための慰霊碑・殉職碑があり、「慰霊碑や殉職碑は霊が寄り付き易いから夜、心霊現象が起きそうな気がする」という探索者の記録が残っている。

体験談
体験談①「毒ガス製造工場だということを知らずに毒ガス製造に携わり、無念な死を遂げた犠牲者の魂がさまよっているとしても不思議ではありません。1967年までに300人ぐらい亡くなっている」
複数のサイトによる記録の集約。「大久野島では、1929年から1945年ごろまでに最大で年間1200トンもの大量の毒ガスを製造してたと言われています。この島で毒ガスを製造していた作業者は6000人を超えますが、そのうち300人近い多くの人がガスの製造途中で亡くなっているようです」という怪異資料館の記録が残っている。
「また、ガス製造停止後も後遺症で亡くなった人を含めると、犠牲者は3000人を超えると言われています」という記録も残されている。(怪異資料館より)

体験談②「研修旅行で大久野島を訪れた。へとへとに疲れて眠っていると、見知らぬ兵隊さんの姿を見た。昔の事を伝えるために出て来られたのかもしれない」
心霊スポット恐怖体験談に投稿された体験談。会社の研修旅行で大久野島を訪れた人物が、過酷な研修プログラムの末に疲れて眠った夜、見知らぬ兵隊の姿を見たという体験を記録している。「『心霊スポット』のようにはなっていませんが資料館が今は立てられています。私の見た兵隊さんは、昔の事を伝えるために出て来られたのかもしれませんね」という言葉で締めくくられている。(心霊スポット恐怖体験談より)
体験談③「通信壕からは慰霊碑、殉職碑、灯台、芸予要塞南部探照灯跡、展望園地等を巡った。慰霊碑や殉職碑は霊が寄り付き易いから夜、心霊現象が起きそうな気がする」
廃墟探索ブログ「ANIREISHA」による現地調査記録。「発電所跡は大久野島を取り上げた心霊スポット本には、必ず写真が掲載されるほどの巨大施設」と紹介し、「貯蔵庫も発電所も米軍機による爆弾投下を想定して、厚みのあるコンクリートで造られているため、頑丈で倒壊の危険はない。ただ、割れた窓ガラスが落下する可能性はあるため、窓側には近寄らない方がいい」という具体的な安全情報も記録している。(ANIREISHAより)
※ 体験談は個人の証言であり、事実を保証するものではありません。
危険性と注意点
大久野島は観光地として整備されているが、戦争の歴史を持つ場所として敬意を持って訪れる必要がある。
廃墟の物理的な危険 発電所跡・貯蔵庫跡は構造自体は頑丈だが、割れた窓ガラスの落下リスクがある。窓側には近寄らないこと。
土壌汚染の可能性 「立ち入り禁止の理由は、老朽化による危険のほかに、いまだに土壌汚染されている場所があるためと言われています」と記録されている。立入禁止区域への侵入は厳禁だ。
犠牲者への敬意 約300〜3000人という戦争の犠牲者が出た場所だ。慰霊碑・殉職碑には敬意を持って接すること。肝試し目的での不謹慎な行為は厳禁だ。
毒ガス資料館での学習を推奨 訪問時には毒ガス資料館を見学し、この島の歴史的背景を学ぶことが推奨される。

まとめ
大久野島は1929年から毒ガスを製造した。
最高機密だった。日本地図から消された。日本国民にさえ知らされなかった。
延べ6500人以上が働いた。約300人が製造途中で死んだ。後遺症で亡くなった人を含めると3000人を超えた。
知識のない女学生も動員された。十分な装備もなく働いた。
1945年、終戦で工場は止まった。毒ガス資料館が建てられた。
戦後、うさぎが繁殖した。「うさぎの島」と呼ばれるようになった。観光客が訪れるようになった。
廃墟で白い服の霊が目撃される、という噂がある。足音が聞こえる、という噂がある。
うさぎに癒される観光地の裏に、3000人の犠牲者の記憶が今も眠っている。
動画
FAQ
Q. 大久野島はどこにありますか?
広島県竹原市忠海町沖の瀬戸内海に位置します。JR呉線「忠海駅」から徒歩約5分の忠海港から定期船で約12〜15分です。
Q. なぜ「地図から消された島」と呼ばれるのですか?
旧日本陸軍が毒ガスを製造していたことが最高機密だったため、意図的に日本地図から消され、日本国民にさえその存在が知らされなかったことに由来します。
Q. 犠牲者数はどのくらいですか?
毒ガス製造途中に約300人が死亡し、戦後の後遺症による死者を含めると犠牲者は3000人を超えるとされています。
Q. 現在も観光で訪れることはできますか?
はい。「うさぎの島」として人気の観光地で、国民休暇村・毒ガス資料館が整備されています。サイクリングやハイキングで島内を周遊できます。
Q. 廃墟に立ち入ることはできますか?
一部の廃墟は柵で囲われており、立入禁止区域への侵入は土壌汚染や老朽化のリスクがあるため避けるべきです。建物自体は頑丈ですが、割れた窓ガラスの落下に注意が必要です。
安全メモ
- 私有地への侵入はNG
- 危険行為(廃墟侵入・無理な探索)はNG
- 近隣住民への迷惑行為はNG
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