【怪事件・ミステリー】タマム・シュッド事件|身元は74年目に判明した、では死因は──DNAが解いた謎と、解かれないまま残る謎
1948年、オーストラリアの浜辺で身元不明の男性の遺体が発見された。ポケットには「終わり」を意味する紙片、遺留品には未解読の暗号めいた文字列。2022年、DNA解析によって身元はほぼ特定されたが、死因や暗号の意味は今も分かっていない。
1948年12月1日、オーストラリア・アデレードのソマートン・ビーチで、身元不明の男性の遺体が発見された。財布も身分証もなく、衣服のラベルはすべて切り取られていた。数か月後、ズボンの隠しポケットから「終わり」を意味するペルシャ語の紙片が見つかり、遺留品からは未解読のまま残る暗号めいた文字列も発見される。「ソマートン・マン」と呼ばれたこの事件は、2022年のDNA解析によって74年目にようやく身元がほぼ特定された。しかし死因や暗号の意味は、今もなお解けないままである。
タマム・シュッド事件とは
1948年12月1日午前6時30分ごろ、オーストラリア・南オーストラリア州アデレード近郊のソマートン・ビーチで、宝石商ジョン・ライオンズが護岸堤防にもたれて仰向けに横たわる男性を発見した。両脚は組まれ、眠っているようにも見えたという。ポケットからは、未使用の二等列車切符、使用済みバス乗車券、アルミ製の櫛、チューインガム、銘柄の異なる2種類のタバコが混在した箱、マッチ箱が見つかったが、財布や身分証は一切なく、衣服のメーカーラベルもすべて切り取られていた。
検視の結果、死因を特定することはできなかった。検視官トーマス・アースキン・クリーランドは、暴力の形跡はないとしながらも「死は毒物によるものと考えられるが、本人が服用したのか、他者によって投与されたのかは判断できない」と結論づけている。
時代背景/舞台
事件が起きた1948年は、第二次世界大戦終結からまもなく、東西冷戦が始まりつつあった時代である。オーストラリアも国際的な緊張関係と無縁ではなく、身元不明の男性が「スパイだったのではないか」という憶測を呼んだ背景には、こうした時代の空気がある。
1949年1月、アデレード駅の荷物預かり所から、男性の所持品とみられる茶色のスーツケースが発見された。中の衣服も同様にラベルが切り取られていたが、ドライクリーニング用の糸巻きに「T. Keane」という名前の一部が消し忘れられており、当時はこれが手がかりとして注目された(後の研究で、これはこの男性自身の名ではなく、義理の兄弟の名だったと考えられている)。仕立て屋の鑑定により、スーツはアメリカ製である可能性が指摘された。
発見時の状況・捜査の経緯
- 1949年5月:検視官ジョン・クリーランドが遺体を再検分した際、ズボンに縫い付けられた隠しポケットから、固く丸められた紙片を発見。「Tamám Shud(終わり、完結)」というペルシャ語が印刷されており、11世紀ペルシャの詩人オマル・ハイヤームの詩集『ルバイヤート』の最終ページの一部であることが判明した。
- 公開捜査:新聞での呼びかけに応じ、ある男性が「12月1日の前夜、車の中に捨てられているのを見つけた」という『ルバイヤート』を提供。この本の最終ページには、まさに紙片が切り取られた跡があった。
- 暗号めいた文字列:本の裏表紙には、紫外線でようやく判読できる電話番号と、5行にわたる大文字のアルファベットの羅列が鉛筆で書かれていた。この文字列は「戦時中の暗号ではないか」と長年憶測を呼んだが、複数の暗号解読の専門家による分析でも、確定的な解読には至っていない。
- 電話番号の追跡:電話番号は、ビーチから約200m離れた場所に住む看護師ジェシカ・エレン・トムソン(当時、報道では「ジェスティン」という仮名で呼ばれた)のものと判明した。彼女は1949年6月の警察の聴取で男性を知らないと述べたが、遺体の石膏胸像を見せられた際に激しく動揺し、気付け薬が必要になるほどだったと伝えられている。
- アルフ・ボクソール中尉:ジェスティンは、1945年ごろシドニーで知り合った元海軍中尉アルフ・ボクソールに同じ版の『ルバイヤート』を贈ったことがあると証言。警察がボクソールを追跡したところ、彼は存命で、贈られた本も無傷のまま手元にあることが確認され、この線の捜査は行き詰まった。
- 2013年:オーストラリアのテレビ番組で、ジェスティンの娘が、2007年に死去した母ジェシカ・トムソンこそが「ジェスティン」であったことを公表した。
- 2021年5月:南オーストラリア州政府の許可のもと、1949年に埋葬された遺体が掘り起こされる。
- 2022年7月:アデレード大学のデレク・アボット教授と系図学者コリーン・フィッツパトリックが、1949年制作の石膏胸像に付着していた頭髪からDNAを抽出し、約4,000人規模の家系図調査を経て、男性をメルボルン出身の電気技師カール・"チャールズ"・ウェッブ(1905年生まれ)と特定したと発表した。
- 2022年末まで:掘り起こされた遺骨からのDNA鑑定でも、独立した検査によって同様の結果が裏付けられたと報じられている。ただし南オーストラリア州警察・検視官による正式な最終確定は、本記事執筆時点で公式には示されていない。
通常の説明・2022年のDNA解析
デレク・アボット教授らの研究チームは、1949年に警察が制作した男性の石膏胸像に偶然閉じ込められていた頭髪からDNAを抽出するという手法を用いた。根のない古い毛髪からのDNA抽出は技術的に極めて難しいとされてきたが、近年の法遺伝学的手法の進歩により、これが可能になった。
チームは、世界的なDNA系図データベースを用いて男性の遠縁にあたる人物を特定し、そこから約4,000人規模の家系図を構築。これにより、1905年にメルボルン近郊フッツクレイで生まれ、電気技師・計器製作者として働いていたカール・"チャールズ"・ウェッブに行き着いた。ウェッブは妻と離婚しており、当時は「一匹狼」的な人物だったと伝えられている。
諸説と評価
- カール・ウェッブ説(2022年のDNA解析結果):頭髪のDNA解析と家系図調査、遺骨からの独立した鑑定によって裏付けられている(評価:○=科学的根拠が強いが検視官による正式な最終確定は未了)
- 冷戦下のスパイ説:暗号めいた文字列と身元隠蔽の徹底ぶりから広く語られてきたが、暗号解読の専門家はこの文字列を実際の暗号とは考えていない(評価:×=根拠に乏しい)
- 暗号=競馬の記録説:アボット教授は、この文字列が男性が賭けた競走馬の名前の頭文字ではないかと推測している(評価:△=ひとつの解釈だが確証はない)
- ジェスティンとの秘密の関係説:ジェスティンの動揺した反応や、その息子の耳・歯の特徴が男性と似ているとする指摘から、2人に何らかの関係があったのではないかとする見方がある(評価:△=状況証拠はあるが確証はない)
- 毒物による自殺説・他殺説:検視官は毒物による死である可能性を指摘したが、自殺か他殺かは特定されていない(評価:△=いずれも可能性として残る)
残る謎
2022年のDNA解析により、男性の身元はカール・ウェッブである可能性が科学的に強く裏付けられた。しかし、これによってすべてが解明されたわけではない。なぜ彼が身元を示すものを一切持たず、衣服のラベルまで切り取っていたのか、なぜ『ルバイヤート』の一節を隠しポケットに忍ばせていたのか、そして彼の死が自殺だったのか他殺だったのかは、今も分かっていない。裏表紙の暗号めいた文字列も、専門家による複数の分析を経てなお、確定的な解読には至っていない。
オカルト・陰謀論をどう見るか
この事件は、冷戦下のスパイ活動や、未知の毒物、解読不能な暗号といった要素から、超常的というよりも陰謀論的な文脈で語られることが多い。しかし、暗号解読の専門家による分析では、遺留品の文字列が実際の暗号体系である可能性は低いとされており、DNA解析によって男性が国際的な諜報活動と関わっていたことを示す証拠も見つかっていない。
Occultpediaとしては、こうした「スパイだったのではないか」という魅力的な物語と、実際に確認されている物証とを区別して伝えたい。身元が判明した現在、事件の本質は超常的な陰謀ではなく、ある一人の男性が、なぜこれほど徹底して自らの痕跡を消し、人知れず死を迎えたのかという、人間的な謎として理解するべきものだろう。
正体とは|信憑性Cの理由
- 想定される通常の説明:電気技師カール・ウェッブが、何らかの事情で身元を隠したまま、毒物によって死を迎えたという説明が、DNA解析の結果を踏まえてもっとも有力視されている。
- 説明力の評価:頭髪のDNA解析、家系図調査、遺骨からの独立した鑑定という複数の科学的手法が、身元についてはほぼ一致した結論を導いている。
- 盛られた要素と事実の切り分け:「冷戦下のスパイ」「解読不能な軍事暗号」といった扇情的な解釈は、専門家による分析では裏付けられていない。アボット教授自身、文字列を競走馬の記録という日常的な可能性で説明している。
- 独立記録の質:1949年の検視官による公式所見、アデレード大学の研究チームによる査読前・査読後の報告、複数の国際的な報道機関(CNN、スミソニアン・マガジン等)による検証記事など、複数の独立した情報源が身元判明の経緯について報告している。
- ランク確定:身元については科学的に強く裏付けられた主流の説明が存在するが、検視官による正式な最終確定はまだ示されておらず、死因の詳細・暗号の意味・身元隠蔽の動機といった核心的な要素は、解消しきれない残余として残っている。超常的な謎ではないが、主流の説明では埋まらない部分が残るため、信憑性Cと判定する。
まとめ
タマム・シュッド事件は、2022年のDNA解析により、74年の時を経て身元がカール・ウェッブである可能性が科学的に強く示された。これにより「未知のスパイ」という長年の憶測は後退している。しかし、南オーストラリア州の検視官による正式な最終確定はまだ示されておらず、なぜ彼がここまで徹底して身元を隠したのか、死因が自殺だったのか他殺だったのか、そして遺留品の暗号めいた文字列が何を意味するのかは、今も分かっていない。身元の判明は、この事件の「終わり」ではなく、新たな問いの始まりでもある。
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よくある質問
Q. タマム・シュッド事件はもう解決したの? 身元については、2022年のDNA解析により、カール・ウェッブという電気技師である可能性が科学的に強く裏付けられている。ただし南オーストラリア州の検視官による正式な最終確定はまだ示されておらず、死因や暗号の意味は今も未解明である。
Q. 「タマム・シュッド」とはどういう意味? ペルシャ語で「終わり」「完結」を意味する言葉で、11世紀の詩人オマル・ハイヤームの詩集『ルバイヤート』の最終ページに記された言葉である。男性のズボンの隠しポケットから、この言葉が印刷された紙片が見つかった。
Q. 暗号は解読されたの? されていない。裏表紙に鉛筆で書かれた大文字の文字列は、複数の暗号解読の専門家による分析を経ても確定的な解読には至っておらず、実際の暗号ではない可能性も指摘されている。
Q. なぜ信憑性がCなのか? 身元についてはDNA解析という科学的手法により強く裏付けられた主流の説明が存在するが、検視官による正式な最終確定はまだ示されておらず、死因の詳細や暗号の意味といった核心的な要素が解消しきれない残余として残っているため。
出典
- タマム・シュッド事件 - Wikipedia
- Somerton Man - Wikipedia(英語)
- Australia's Somerton man mystery 'solved' as DNA points to man's identity, professor claims - CNN
- Have Scholars Finally Identified the Mysterious Somerton Man? - Smithsonian Magazine
- Who was the Somerton Man? DNA researchers solve Australia's cold case mystery - NationalWorld