怪事件・ミステリー公開日: 2026-07-01更新日: 2026-07-01

【怪事件・ミステリー】3億円事件|白バイの偽警官が消えた──1968年・府中の未解決強奪事件

1968年、東京・府中。白バイの警官に扮した男が、爆破を装って現金輸送車を停め、約3億円を積んだ車ごと奪って消えた。暴力も死傷者もない、わずか数分の犯行。史上最大の捜査もついに犯人に届かず、1975年に時効が成立し、永久の未解決事件となった。

1968年(昭和43年)東京都府中市信憑性 B
未解明
3億円事件の現場・府中

1968年12月10日の朝、東京・府中。雨に濡れた道路で、白バイの警官が一台の現金輸送車を停めた。「支店長の家が爆破された。この車も危ない」——そう告げて車の下から煙を上げさせ、銀行員たちを避難させると、男は約3億円を積んだ車ごと奪い、そのまま姿を消した。所要わずか数分。暴力も、けが人もなかった。その後に始まった史上最大の捜査も、ついに犯人には届かない。3億円事件は、日本で最も有名な未解決事件の一つとして、今も語り継がれている。ここでは、確かな記録に沿って、この事件を静かにたどっていきたい。

3億円事件とは

3億円事件(府中三億円事件)は、1968年(昭和43年)12月10日、東京都府中市で発生した現金強奪事件である。日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車が、東芝府中工場の従業員のボーナス約3億円(正確には2億9,430万円)を運んでいたところ、白バイの警官に扮した男に奪われた。

府中刑務所北の第一現場や、銀行・工場の位置関係を示した概念図

現場は、府中刑務所の北側を通る「学園通り」。犯人は暴力を一切使わず、爆破の恐怖を利用して車ごと現金を奪い去った(このため罪状は「強盗」ではなく「窃盗」に分類される)。そして、ついに捕まらなかった。まずは、この大胆な犯行が成立した時代の空気から見ていこう。

時代背景|爆破事件が続いた昭和43年

なぜ、銀行員たちは「爆破」という言葉をあっさり信じてしまったのか。そこには、時代の空気があった。事件が起きた1968年は、2月にダイナマイトで武装した犯人が立てこもった事件、6月には走行中の電車内での爆破事件と、爆破や立てこもりの事件が世間を騒がせていた年だった。爆弾の恐怖が、決して絵空事ではなかったのである。

加えて、当時はまだ給与やボーナスが現金で支給されるのが当たり前で、多額の現金が車で運ばれていた。この「現金を運ぶ」という習慣そのものが、犯行の前提だった。時代の不安と、現金輸送という慣習——その両方が、犯人につけ入る隙を与えていたのだ。

事件はこうして起きた

犯行の巧妙さは、当日だけでは語れない。その数日前から、周到な伏線が張られていた。

脅迫状の伏線から、白バイの偽警官による車の奪取、逃走までを示した年表

事件の数日前、日本信託銀行国分寺支店の支店長宛に、「指定の場所に金を持ってこなければ自宅を爆破する」という脅迫状が届いていた。この一件があったからこそ、当日の「爆破」という言葉に、現実味が生まれたのだ。12月10日の朝、約3億円と銀行員4名を乗せた輸送車が支店を出発。府中刑務所付近にさしかかったところで、後方から白バイの「警官」が現れ、車を停めさせた。男は「支店長宅が爆破された。この車にもダイナマイトが仕掛けられているかもしれない」と告げ、車の下にもぐって発煙筒に点火する。煙が上がると「逃げろ!」と叫び、銀行員たちが車を離れた、そのわずかな隙に、男は車に乗り込んで走り去った。力ではなく、権威(警官)への信頼と、爆破の恐怖・混乱という「心理の隙」を突いた犯行だった。犯人はその後、あらかじめ用意していた盗難車に乗り換えて、姿を消したとみられている。

史上最大の捜査

事件現場には偽装白バイなどが残され、当初、犯人はすぐに捕まると思われた。ところが、捜査は空転していく。

動員のべ17万人・捜査費9億円・容疑者11万人・遺留品124点という捜査規模を示した図

投入された捜査は、日本の犯罪史でも最大級だった。動員された捜査員はのべ17万人、捜査費用は9億円を超え、容疑者リストには11万人もの名が並んだ。現場には124点もの遺留品が残されており、一見すると手がかりの宝庫に思えた。だが、これが落とし穴だった。遺留品はどれも大量生産された日用品か盗難品ばかりで、追跡すればするほど捜査の網は広がり、かえって犯人像が遠ざかっていったのだ。奪われた現金も、銀行が番号を控えていた札束が流通に現れることはなく、今なお発見されていない。捜査線上には、ある少年(少年S)が有力な容疑者として浮上したが、事件の直後に亡くなり、その後の捜査で正式に潔白(シロ)と判定された。彼を犯人とする見方は、証明されていない。そして1975年12月10日、事件から7年で公訴時効が成立する。犯人が刑事責任を問われることは、永遠になくなった。

なぜ未解決に終わったのか

これほどの捜査をもってしても、なぜ事件は解けなかったのか。残された問いを整理してみよう。

犯人未特定・現金未発見・単独犯か複数犯か・容疑者はシロ判定という残された問いを示した図

第一に、犯人が誰なのかが特定されなかった。目撃による犯人像は18〜25歳・身長約170cmの男性とされたが、そこから先へは進めなかった。第二に、奪われた約3億円の行方が、いまも分からない。番号を控えられた札束は、ついに流通に現れなかった。第三に、単独犯か複数犯かという議論も、決着していない。犯行のミスなどから単独犯説が主流とされる一方、遺留品の鑑定から複数犯を示唆する見方もある。そして——有力容疑者とされた少年Sは、前述のとおり正式に「シロ」と判定されている。特定の個人を犯人と決めつけることは、事実に反する。こうして、1975年の時効成立とともに、事件は永久に未解決となった。

残る謎

3億円事件の謎は、「超常的な何か」ではない。犯人が誰で、なぜやったのか、そして奪った現金をどうしたのか——そのすべてが、記録の上では確かに起きたのに、いまだ分からない、という点にある。単独犯だったのか、共犯がいたのか。金は国外へ持ち出されたのか、それとも誰かが抱えたまま沈黙を守ったのか。諸説は語られてきたが、決め手はどこにもない。

時効が成立した今、この事件が法廷で裁かれることは、もうない。だからこそ残るのは、事件そのものの謎だけではない。「これほどの手がかりがありながら、なぜ真相に届かなかったのか」という、捜査と社会への問いでもある。皮肉にも、124点という遺留品の多さが、犯人像をかえって霧の中へと押しやってしまった。3億円事件が残したのは、消えた現金と、そして解かれることのない一つの問いなのである。

オカルト・陰謀論をどう見るか

3億円事件は、その鮮やかな手口ゆえに、しばしば「完全犯罪」として神話的に語られる。だが、ここに超常的な要素は一つもない。これは、時代の隙と人間の心理を巧みに突いた、あくまで現実の犯罪である。犯人を「天才」と持ち上げる語り口には、注意もいる。実際には、シートカバーを引きずったまま走るなど、犯行にはいくつものミスがあった。完全だったのは犯行そのものというより、当時の捜査技術では追い切れなかった、という時代の条件のほうだった。

そして、最も慎重であるべきなのが、「犯人」をめぐる語りだ。この事件では、有力容疑者とされた少年Sが正式に潔白と判定されている。にもかかわらず、彼を犯人と断じるような語りは、今もなお繰り返される。決定的な証拠がないまま特定の個人を犯人扱いすることは、確証バイアスとメディアの過熱が生んだ、もう一つの被害でもある。追うべきは「消えた犯人」の幻影ではなく、証明された事実と、証明されていない推測とを、静かに切り分ける態度なのだろう。

正体とは|信憑性Bの理由

3億円事件を信憑性スケール(謎の堅牢度=通常の説明への耐性)で評価する。

  • 確かな記録:1968年に、白バイの警官に扮した人物が、爆破を装って現金輸送車から約3億円を奪ったことは、手口・遺留品・大規模捜査の記録によって、詳細に裏づけられている。
  • 未解決の核心:一方で、犯人は特定されず、奪われた現金も回収されないまま、1975年に公訴時効が成立し、事件は永久に未解決となった。
  • 競合する説:単独犯説と複数犯説が併存し、犯人像や動機、現金の行方をめぐる諸説があるが、いずれも決定打を欠く。有力容疑者は正式に潔白と判定されている。

実在する確かな記録がありながら、核心(犯人と現金の行方)が本当に未解決で、有力な説が決着を見ない——これは、通常の説明が優勢でも、後年の脚色に依存するのでもない。むしろ、犯人の身元や事件の真相が不明なまま諸説が拮抗する、ジャック・ザ・リッパーやD・B・クーパー事件と同じ型である。よって評価は B が妥当だ。世界に知られたこの「完全犯罪」の正体は、超常の謎ではなく、時代の隙を突いた、いまだ解かれていない現実の犯罪なのである。

まとめ

3億円事件は、「完全犯罪」として語られてきた。白バイの偽警官が、爆破を装い、暴力も使わずに約3億円を奪って消えた——その鮮やかさは、確かに人々を惹きつける。だが史実をたどれば、そこにあるのは超常ではなく、時代の不安と心理の隙を突いた、周到な現実の犯罪だ。史上最大の捜査も、124点の遺留品も、ついに犯人には届かなかった。有力容疑者は潔白と判定され、現金は今も見つからない。1975年、時効とともに事件は永久に未解決となった。残るのは、消えた現金と、そして安易に「犯人」を語ってはならないという、静かな戒めである。

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よくある質問

Q. 3億円事件の犯人は、結局分からなかったのですか?

A. はい。目撃による犯人像は18〜25歳・身長約170cmの男性とされましたが、特定には至りませんでした。1975年に公訴時効が成立し、犯人が刑事責任を問われることは永遠になくなりました。

Q. 奪われた3億円は、見つかったのですか?

A. 見つかっていません。銀行は札束の番号を控えていましたが、その札束が流通に現れることはなく、奪われた約3億円の行方は、いまも分かっていません。

Q. 「少年S」が犯人だったのですか?

A. いいえ。少年Sは有力な容疑者として浮上しましたが、事件の直後に亡くなり、その後の捜査で正式に潔白(シロ)と判定されています。彼を犯人とする説は証明されておらず、特定の個人を犯人と決めつけることはできません。

Q. なぜ誰もけがをしなかったのに「事件」なのですか?

A. 犯人は暴力を使わず、爆破の恐怖で銀行員を車から離れさせ、その隙に車ごと現金を奪いました。誰も負傷させていないため、罪状は「強盗」ではなく「窃盗」に分類されます。それでも、被害額の大きさと未解決という点で、日本を代表する重大事件です。

Q. なぜ信憑性がBなのですか?

A. 事件が起きたこと自体は詳細に記録されていますが、犯人は特定されず、現金も見つからず、原因(犯人像や動機)も確定していないためです。単独犯・複数犯など有力な説が併存し決定打を欠くため、真相が不明なまま諸説が拮抗するジャック・ザ・リッパーなどと同じBとしています。